「CP#08」 翌日の天気は曇り。雲行きからして、明日には雨が降りだすかもしれない。 俺は昼前に起きだしたものの、発熱とだるさからベッドに逆戻り中。 外出する前にカフェオレを一杯飲んでいこうとしてる時に立ちくらみが起きて。キッチンでうずく まっているところを蒼司さんが見つけて、目下、世話をやいてもらっているところだ。 「さっきより3度あがったよ」 差しだした体温計を受け取ってかわりに見てくれた蒼司さんが、気遣わしげな目で見下ろしてくる。 「…まいるよなぁ。なんで急に熱なんか…」 ブランケットを顎の下まで引き上げて嘆いていると、ひんやりした手が、額にそっと当てられた。 「まぁいずれにせよ、熱が下がるまで安静にしていること。もちろん外出禁止」 「え…。それ大ゲサだって。俺、行きたいとこあるんだ」 「ダメ。それに、そんな体で八神くんのところに行ったって、かえって彼に迷惑をかけるよ?」 「………」 「違う? 八神くんのところじゃなかった?」 「違わない、けど…。なんで?」 「京のことなら何でもよくわかるよ。とにかく、おとなしく。いいね?」 「……」 「それがイヤなら医者に連れて行く。注射を打てばもっと早く熱が下がるだろうし」 「! それは絶対に嫌だ。ひどいや、蒼司さん。俺が医者とか注射大っ嫌いなの知ってるくせに」 「ああ、知ってるとも。だから言ってるんだよ。どうする?」 明瞭に答えて蒼司さんが笑った。 「……そんなの、決まってるじゃん」 これが答えだと、ムスっとしたまま、全身の力を抜いてベッドに沈んでみせる。 そう。俺は小さい頃から薬品類の匂いが嫌いで、そういう匂いの染みついた建物や人に近寄るの さえ苦手だった。それゆえに怪我や体調不良を起こした時は、町医者のところに連れて行こうと する蒼司さんから逃げ回って、彼を困らせたものだ。 「ん。素直でよろしい。…大きくなっても京は変わらないな」 同じような記憶が甦っていたのだろうか。ふと、なにかを懐かしむように、蒼司さんが柔らかく 目を細めた。 「どうせお子ちゃまのままだよ」 「馬鹿にしているワケじゃないさ。わたしが慈しみ愛してきたあの小さな京が、荒んだ様子もな く、まっすぐ成長していてくれたことが嬉しくてね。一時はあの村に置いて来てしまったことを 悔いた時期もあったんだが…。おまえは恨み言ひとつ言わずにわたしとの再会を喜んでくれて、 こうして一緒にいてくれる。……よかった」 ベッドの端に腰掛け、顔を近づけてくる。どこかしら熱の篭った眼差しに俺は少し戸惑ったけど、 「恨み言なんて、なにもないよ」と笑いまじりに言って、その体を押し戻すように上半身を起こした。 蒼司さんはそのままじっと俺の顔を見つめていたけど、すぐに気を取り直すように立ち上がり、 机の上のカップにミネラルウォーターを注いで俺に手渡してくれた。 「はい、水分補給」 「あ。ありがと」 「それから、これを。水と一緒に飲んでおくといい」 そう言ってシャツのポケットからピルケースを取り出した。 「げ。なんの薬…?」 「鎮静剤。医者に行くのが嫌なら、まず、これを今すぐ飲んで様子を見よう。これで明日の朝まで に効果がでれば、病院行きは免れるよ?」 「よし……わかった。わかりました。コレ、飲めばいいんだね…」 渡された白い錠剤3錠を、カップにたっぷりと入ったミネラルウォーターでゴクリと飲み込んだ。 「ふー」 口元を拭いながら、ふと、傍らの蒼司さんと目が合った途端、肌がざわりと粟立った。 怖いぐらいに自分に注がれる視線。ターコイズブルーの…。 (!) 蒼司さんの冴えたターコイズブルーの双眼が記憶の奥に押しやった恐怖の色と重なって、慌てて目 を反らした。それ以上見入ってしまうのが、なぜだか怖かった。 「蒼司さん。そんな睨むように見てなくても、ちゃんと飲み込んだってば」 「あ…ああ。私はそんな怖い顔をしていたかい? すまない」 それからしばらく昔の思い出話なんかをしていたら、俺は次第に強い眠気が催してきて。 「なんか…ぼーっとしてきた。この薬、眠くなるやつ?」 「多少はね。眠くなってきたのなら、そのまま眠ってしまえばいい」 「うん…でもその前に…」 八神に、数日外出できないかもしれないとメールで知らせておこうと思った。それで枕元の携帯 に手を伸ばそうとすると、蒼司さんにそっと取り上げられてしまった。 「あ?」 「そんな状態では無理だろう。さぁ、もう目を閉じておやすみ」 「でも…」 「だめだ。眠りなさい」 心なしか語気が強い。 「………」 どうしてだろう? と、ぼんやりしてるうちに、目の上をてのひらでそっと覆われてしまった。 仕方なく目を閉じる。それでもまだ瞼の上の手は離れなくて、一際濃く作られた暗闇に、睡魔が強 まっていく。 夢とも現実ともつかない状態になった俺の耳に、蒼司さんと聞き慣れぬ女の声が入ってきた。 「効きが早いのね。もう眠っちゃうなんて」 眠気に勝てず、瞼が上がらないせいで姿を窺い知ることはできないが、鼻先に甘い香水の匂いが ほのかに漂ってくる。 「あいかわらず覗き見の好きな女だな。来ていたのか」 「ええ。合鍵を使ってね。それにしてもあなったってば、いつまで良いお兄さんを気取るつもり なのかしら? ほんとはもうその従兄弟くんが欲しくて欲しくてしょうがないんでしょう? 鎮痛剤ですって? それはどうだか」 「…熱があるんだ。当座の処置として飲ますのは当然だろう?」 「熱、ねぇ。でもその熱に薬は効かないのではなくて?」 「わかったような口を聞くな」 「表面はなんとか取り繕っているけれど、貴方はあの男に嫉妬しているのよねぇ。だから従兄弟 くんが彼のもとに行かないように眠らせて、邪魔したでしょう。…あ。もしかしてこのコが眠っ ている間に、彼を亡き者にしてやろうとか考えたりしなかった?」 「―マチュア、過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ? もうこれ以上、わたしや京に近づくな」 「うふふ…。それを恐れるようなら、もうとうの昔に貴方に近づくことをやめていたわ。言った でしょう? 私の望みは」 (…………?) この女性は一体何者なんだろう。彼女の言った事が、頭の中でぐるぐる回った。 俺の熱には薬じゃ効かないって? 蒼司さんがわざと、俺が出掛けられないようにしたって? それに嫉妬してる「彼」って、八神のことなのか? だからって、八神を亡き者にする? …そんな馬鹿な。 蒼司さんはそんなことを考えるような 人じゃない。 そう声にだしたくとも声はでず、それでも足掻くだけあがいてはみたが、2人の声 は遠ざかるばかりで。 俺はひとり、真っ暗闇の意識の底に落ち込んだ。 苦痛とも歓喜ともつかない女の声を、幾度か聞いたような気がした。 急げ! 急いで目を覚ませ! 目を覚ませ! 夢うつつの中で、俺は自分に向かって必死に叫んでいた。やめればまた眠りの淵に落ちてしまう。 でも、そうしてはいられない。 なにか嫌な予感がする。とても嫌な予感だ。 「!!」 その甲斐あってか、どうにか目を覚ますことに成功した。 室内はおろか、窓の外も暗い。時間を知りたくて机やベッドのあたりを探ったけど、時計を兼ねて いる携帯電話がない。あのまま蒼司さんが持っていってしまったのか? 「そうだ。蒼司さん!」 緊張に激しく脈を打つ胸を抑えながらベッドを降りて、駆け出そうとしたら、体はまるで鉛をぶら さげているかのように重たい。足元がふらついて両膝をしたたかに打った。薬がまだ効いているら しい。 しかたなく壁に手をつきながら、蒼司さんの部屋の前に立った。 あの女性と一緒なんだろうか? 深呼吸のあと、小さくドアをノックしてみた。 「………」 少し待ってみたが、中からの応えはない。部屋にはいないのかな? と、リビングへ足を行けよう としたその時、静かだった部屋の中から何かが砕ける音と、人あらざるものの声が聞こえた。 「今のは?!?!」 驚いた勢いもあって、俺は蒼司さんの部屋のドアを開いて、飛び込む。が、いかんせん薬のせいで まだ体の動きがままならず、足がもつれて思いきりフローリングの床に倒れることとなった。 「痛たたた……。ウッ?!」 痛みに気をとられて、気づくのがわずかばかり遅れたものの、明かりの消えた室内に濃く立ち込め る匂いに、咄嗟に口と鼻を覆った。気分が悪い。なんだこれは? 床についた手も何かに濡れた。 「蒼司さん、いる?! 何があったの?!」 室内の状況を見るために、照明のスイッチを入れようと立ち上がりかけた俺のすぐ脇で、突如低い 唸り声がした。 (えっ?!) 肌が粟立ち、冷や汗がいっきに吹き出る。どういうことだか知らないが、これは紛れもなく、大型 肉食獣が発する威嚇の声だ。 (とにかくこの場から逃げないとまずい……これは夢じゃない。本物がいる!) 開け放たれたままのドアにチラリと目をやった瞬間、俺は獣に物凄い力で体当たりをくらい、突き 飛ばされて仰向けに転がった。 「痛ッ…。ゥあッ!!」 起き上がる隙もなく胸に圧し掛かられ、逃れるどころか、ちゃんとした声もでない。 肉食獣の強靭な爪がシャツを破り、肌に食い込むのを感じる。獣は興奮状態にあるのか、せわしい息 が喉元にかかった。 (食い殺される!!) 「蒼司さん、蒼司さん!」 苦しい息の下から助けを求めるというよりは、姿の見あたらない蒼司さんの身を案じてその名を呼 んだのだが、やはり応えがない。 (まさかこいつに……!?) ショックと酸素不足から気が遠くなる一方で、目は暗闇に慣れてきたのか、自分に圧し掛かる獣の 姿を捉え始めていた。 漆黒の毛並みに覆われた体躯とその容貌は一目瞭然。黒豹にちがいない。 闇の中で冴え冴えとした輝きを湛えたターコイズブルーの双眼が、自分を見ている。 俺は、今ここにいる黒豹が、自分がこの町にやってきた夜、なにかに引き寄せられるように迷い込ん だ動物園で遭遇したあの黒豹だということを確信して、懐かしさともいえる奇妙な感情を覚えていた。 そして次に目の前で起こった光景に、声を失うことになるのだ。 「……っ」 黒豹はあいかわらず体の上にいて、俺を息苦しくさせていた。けれど、喉に牙を突きたてることも なければ、あの飼育員にしたように腕を噛みちぎるようなこともしなかった。ただ関心を持ったと でもいうのか、時折、鼻面を寄せて匂いを確かめるような仕種をしたり、じっとおれの顔を見る。 俺は黒豹を刺激しないように息を浅くして、大きな声をだすまい、むやみに動くまいと自分に言い きかせた。このまま黒豹が興奮を鎮めてこの部屋から、いや、せめて上からどいてくれることを祈る。 それでもチラリ、チラリと暗い室内に、視線だけはめぐらせた。 室内に漂う錆びた臭気と蒼司さんのことが気にかかる。 と、そのうち、体に感じる黒豹の重みに変化を感じた。それはやがて…。 「…………!?」 悪夢を見ているのだと思いたかった。信じられない事態に頬がひきつるのを感じた。 ターコイズブルーの目の色だけはそのままに、黒豹が人の姿へと変わっていくのを、肌でまざまざ 感じたからだ。人の姿は…。 「京。わたし…な・ら…ここに、いる…よ」 暗がりに慣れた目が捉えたのは…。 「そんな…そんなことが……。本当に蒼司さんなのか?」 「そう。わたしだ。それにしても、もう目を覚ましてしまうなんて計算が狂ったよ。何もおしえな いうちにあの姿を京に見られてしまうなんてね」 ぎこちない発声が、しだいに明瞭なものとなっていく。 「獣が人に…蒼司さんに……そんなことが? 俺は今、悪夢を見てるんじゃないのか?」 そうはいっても圧し掛かっていたはずの巨獣は失せ、今視界に映るシルエットは、体に触れている 指は、人のものに他ならない。蒼司さんは呆然と見つめるばかりのおれに、いつもの優しい声音で 囁きかけてくる。 「いいや、夢じゃないさ。これは現実。わたしのもうひとつの姿。前にも夜更けの動物園で会ったね。 京が立っていたのを覚えているよ。よりによって京がこの町へ来る頃に捕獲されて、あの動物園に 運び込まれていたんだが。人の姿に戻る前に逃げ出せてよかった」 「…………」 「まさかあんなところで再会するとは思わなかったよ。京はおおかた、同族の気配に引き寄せられ たといったところかな」 髪を撫でられ、そのまま頬から首筋へと滑っていく蒼司さんの右手が、俺のシャツのボタンを外し ていく。前がはだけられても、俺は動けずに蒼司さんを凝視し続けた。 「愛しているよ、京。君はわたしに抱かれるために、ここに来たんだ」 「!? なに馬鹿なことを…。ふざけないでくれよ」 「ふざけてなんかいないよ。君が過ちを犯して苦しむ前に、おしえてあげよう」 「過ちだって?」 「そう。よくお聞き、京。古来より我々の一族は呪われているんだ。同族以外の者と交わると黒豹 に姿を変えてしまう、キャットピープルと呼ばれる種族でね」 「…………」 「ところが忌まわしい運命はそれだけじゃない。もとの人間の姿を取り戻すには、愛し合った相手 の血肉を喰らわなければならなくなる。祖先達はそうした我が身を厭う以上に、それが周囲に知ら れることを強く恐れた。知られれば迫害され、いずれは狩られるに違いないからね。だからあの山 深い場所に移り住み、近親婚を繰り返してきた。わたしやおまえの両親もまた…」 「そんな話、信じられるわけないじゃないか! いくら蒼司さんの言葉でも…そんな…」 けれど、口ではそう言っても、つい今しがた、俺の目の前で起きたことは夢でも幻でもなくて。 語気はすぐに弱々しくなる。蒼司さんはひと呼吸おいて、また話しだした。 「わたしもはじめて聞かされた時、今の京と同じ思いだった。だから反対を押し切って山を下りた」 「………」 「ずっとあの陰鬱な村からでて、どこか大きな町で暮らしたいと思っていたから、山を下りる決心が ついたある日、村を出ていくことを告げに村長達の元へ行ったよ。そうしたら予想以上の猛反対にあっ てね。なぜそこまで反対するのか、納得のいく理由をおしえてくれ、おしえられないのなら村に火を 放つと、わたしのほうもタイマツ片手に半ば脅すように詰め寄って、やっとおしえてもらったことだ。 当然、信じられる話ではなかったから、わたしはひとまず身ひとつで村を去り、町で生きていくこと を選んだわけだがね。暮らしが安定したら、いずれは京も呼ぶつもりだった。…そして最初の町で暮 らし始めて1年が経った頃だったよ。自分が呪われた運命をもつキャットピープルであることを思い 知ったのは…」 その言葉の先にあったことを察して、無意識のうちに口をついて出た。 「同族以外の人と…」 「ああ。勤め先で知り合った女性だった。わたしは愛し合った末に豹となり、我に返った時にはもう …彼女を喰い殺していた」 「…………」 「わたしもまたキャットピープルなのだと思い知った瞬間だった。…でもね、京。はじめこそ呪われ た我が身を嘆き苦しんでいたんだが、今ではもう、さほど罪悪感など感じなくなってきているよ。 むしろ獣へと変化してゆくことに快感さえ覚えるし、獲物となった相手を狩ることに高揚もする」 「! やめてくれ、蒼司さん」 憑かれたように口走る蒼司さんの様子に寒気を覚えていた。俺は身を捩るようにして、その下から 逃れて起き上がった。よろよろしながら壁まで後ずさる間も蒼司さんは続ける。 「同族以外の人間に欲情を覚えたと同時に、わたしたちの血に潜む呪いはその体を支配するぞ。欲しい と思う気持ちに逆らうことは出来ない。そして愛し合っては喰い殺してしまうの繰り返し。このままい けば、わたしは人であったことすら忘れて獣に成り果てるかもしれない。怖いんだよ、京」 だったらもうやめないと、…そう言おうとした時、蒼司さんが暗闇を物ともせず、足取りたしかに目の 前にやって来て、強引に俺の体を抱きすくめた。 「京、君を抱きたい」 「…!」 「わたしを救えるのはもう、京しかいない。同族でわたしが愛せるのは君だけなんだ」 後頭部を殴られたような気分だった。 蒼司さんは血縁である俺と、肉体関係を結びたいと言っているのだから。 「そ、そんなの無理だ。だって俺たちは…っ」 腕から逃れようともがくと、耳元に優しく、けれど冷ややかに囁きかけてくる。 「血縁者だから? それとも同性だから? 八神ならいいのに?」 「な……っ!」 「彼に欲情したね? 昨日の晩の君からは、発情した時特有の匂いが残っていたよ。もしかしたら呪い の兆候である豹紋が、体のどこかに浮かびあがっているかもしれない。…京。八神が好きみたいだが、 諦めることだ。君もまたキャットピープルの性を持っているんだからね。彼と愛し合えば、わたしと 同じ道を辿ることになるよ。八神を食い殺したくはないだろう? あんなふうに」 「?」 蒼司さんは左腕で強く俺の肩を抱くと、もう片方の手を部屋の照明スイッチに伸ばした。 部屋の明かりが点いて、急な明るさに一時俯いた。けど、蒼司さんの言葉が気になって、顔をしかめ つつ視線を上げると…、視線の先には。 「!!」 ベッドの上に、金髪の美女が血まみれの裸身を晒していた。 見覚えがある。街中で蒼司さんと歩いていた女性だ。 半ば開かれたままの虚ろな目と喉元から胸にかけての損傷からして、すでに事切れているのは疑いよう がない。床に垂れ落ちたシーツから伝い落ちた血が、フローリングの床に広がっていた。 じゃぁさっき、床についた手が濡れたと感じたのは…と、俺はおそるおそる自分の手を見た。乾きかけ、 少し黒ずみはじめてはいたものの、手の平についていたのは血の色で。 眠らされている間、この室内で起きていた惨劇に、全身総毛だった。 「惨いことを…」 「惨い、か。でも彼女の場合は、彼女自身が望んだことだ」 「望み? 喰い殺されることが?」 「どのみち病魔に冒されて余命少ないというのに。彼女は…マチュアはかなり変わった女でね。以前、 娼婦まがいのことをしていた彼女の同居人と寝たことで、わたしは帰って来たマチュアにももうひとつ の姿を見られてしまったんだが、意外にも彼女は驚きはしても恐れてはいなかった。それどころか獣神 を崇める信仰を持っているとかで、秘密を守るかわりに、ずっと獣化したわたしに喰われたがっていた。 それが至福の死に方なのだと」 「…………」 「病んだ血肉など欲しくはなかったが、今夜ようやくその願いを叶えてやる気になったのは、京に一族の タブーを冒す結果を見せるいい機会にもなると思ったからだよ。もっと近くで見ておくといい。知ろうと 知るまいと、キャットピープルが一族に伝わるタブーを冒せばどうなるか?」 おれは蒼司さんに腰を抱きかかえられるようにしてベッドのそばに連れて行かれそうになった。が、 猛烈に抗って蒼司さんの腕を振り払い、身を翻した。 「京!」 すぐに伸ばされてきた腕に肩を捕まえられて、引き戻されそうになる。だからもう一度振り払って、今度 こそ部屋の外に逃れようと思ったのに…、失敗した。もともとふらついていた体だったから、急な動きに 足がついていかなかったんだ。すぐに転んで床に額を打ち付け、目を回すはめに。 「…っ…いてぇ…」 ぐずぐずしているうちに蒼司さんが来てしゃがみ込み、俺をまた床の上に仰向かせて圧し掛かる。 「もうしばらく待つつもりだったが…」 「! や…っ、やだっ…」 唇を重ねられそうになって、慌てて顔を背けた。すると蒼司さんに顎を掴まれ、強引に上を向かされた。 蒼司さんのターコイズブルーの目がすぐ間近にある。怖いぐらいに蒼く爛々とした光を放って。 「あまり強情を張らないでくれ。手荒な抱き方はしたくない」 「こんなのおかしいよ。だめだ蒼司さん、やめてくれ」 「やめない。わたしは京が欲しい」 「蒼司さん、こんなのおかしいよ!」 その時。悲鳴に近い俺の声に重なるように、部屋の片隅に置かれたダストボックスの中で何かが鳴った。 メロディからして、それは間違いなく俺の携帯電話のもの。部屋にないと思ったら、なんてところに。 いや、それより今は…。 「ごめん、蒼司さん!」 「?! …ウ、グッ!!」 携帯電話の音に気を逸らした一瞬の隙をついて蒼司さんの鳩尾を膝で突き上げ、ひるんで体勢を崩した ところを、今度は片足で思いっきり蹴り飛ばし、自分の上から蒼司さんをどかすことに成功した。 必死の蹴りはけっこう効いたらしく、うめいて蹲っている。俺は床に手足をつけたまま、急いでダスト ボックスのそばに行き、右腕を突っ込んで、まだ鳴っている携帯を掴みだした。そこで音が止む。 携帯電話を手にして、キッと蒼司さんに振り向くと、蒼司さんと目が合った。バレてしまったか、 といった具合に肩を竦めて、「電源を切ってから放り込むべきだった」と苦笑いを浮かべている。 その言葉に非難の声をあげようとすると、 「わるかったよ。……そうしたら一度、京に考える時間をあげる。わたしも後始末があるしね」 「………」 屠った獲物にはもはや、かすかな憐憫の気持ちさえ抱かぬ冷たい声音だった。 一方で俺に向ける声は優しく、どこかなまめかしい。誘うような声音にいたたまれない気持ちになった。 「京。君の欲望を満たせてあげられるのは、同族であるこのわたしだけだということを覚えておいで」 「…………」 俺は無言のまま携帯電話をしっかり握り締め、蒼司さんの不意打ちを牽制しつつ、壁づたいに血なま ぐさい部屋を出た。 とりあえず自分の部屋に戻り、扉に凭れかかったまま携帯の画面をよく見ると、メールが届いていた。 送ってきたのは…。 「二階堂さんか……」 八神がなかなかネガを持ってこないので、明日あたり取りに行ってほしいんだけど? 頼めるかな? 京ちゃんが行くと八神のヤツ、こっちが早くよこせっつってるモンをちゃんと渡してくれるからさ。 京ちゃん、八神ともどもネガよろしく〜。 二階堂さんからのメール内容にクスッと笑いかけたものの、気持ちはすぐに沈んでしまった。 「……だめなんだ。二階堂さん。俺はもう八神のところへは…行けないや」 正面の暗い窓の外。 外の照明にぼんやり照らされた窓ガラスには、雨水が涙のように幾筋も伝い落ちていた。 ◆ア・ト・ガ・キ◆ アブないおにーさんまっしぐら! 蒼司さんにおおいに語らせ、タイトルも明かしてもらいました(笑)。 で、こんなでもこの話は蒼司x京ではなく、庵x京です(笑)。次の更新時には庵さまもおでましの予定。 この話はずっと「CP」というタイトルで載っけてきましたが、「CP」とは「CAT PEOPLE」の略です。 元ネタである映画のタイトルでござるよ。この映画、観た人いるかしら? ま、そういうことで、この話のタイトルのほうも、次回からちゃんと「キャット・ピープル」と明記しますかね。 尚、「蒼司さんはどうして同性である京ちゃんに求愛しまくるのですか?」なツッコミはなしですよ。(笑) それではまた次回。読みに来てくれるとウレシイです。 back next |