「CP#05」 ひょんなことから手にした仕事は、さる衣料メーカーの宣伝ポスターのモデル。 「自然体でいいから」と言われて撮影を始めたはいいが、どうにも緊張が表面に でてしまうらしく、のっけからNGの連発。 少し休憩しようということになり、俺はひとりで撮影場所となった大きな公園の中 をブラブラと歩いていた。 すると前方の左手にある高木の前で、三人の少年達が困った顔をして佇み、頭上を 見ている姿が目に入った。その後ろを通りがかる際、彼らの視線を追ってみると、 白い模型飛行機が枝にひっかかっているのが見てとれた。 大人が見てもかなり高いと思うだろう位置だ。子供達だけではどうしようもない。 「…………」 一旦はそこを通り過ぎたものの、俺は立ち戻って、彼らに声をかけた。 数分後―――。 少年達が見守る中、俺はさほど手間取ることもなく、模型飛行機がひっかかってい る枝の位置まで登っていた。 そっと枝に四肢をついてなにげに下を窺えば、ここはもう落ちたらただではすまな い高さ。でも、あまり恐いとは感じない。 森や林に囲まれた土地に育ったから、少年時代には遊びや食用になる木の実や鳥の 卵を取る為に、木登りの経験なら幾度もあった。だからかな。 「よ…っと。もう、少し」 枝の中央あたりまでつたって行って、枝の分かれ目に挟まるそれに、ぐっと手を伸 ばした。 模型飛行機は幸い折れた個所もない。さぁ、回収して下りよう。俺も皆のところに 戻らないと。 「…………」 と、思ったところで、ハタと気づいた。 よくよく見ると、それは精巧にできた模型飛行機。これを片手に持って木を下りる のは、かなりムズカシイ…。 木の実や鳥の卵とは違い、これは上着のポケットじゃおさまらない。 「…っちゃー。うっかりしてたよ。どうするかな? 八神達のとこ行って、ロープ かその代わりになるものないか訊いてもらうか…っていっても、この高さまで届か ないだろうなぁ…」 「草薙!」 「!」 トホホとしていると思いがけず、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。 下を見ると、いつのまにか少年達の傍らに八神が立って、俺を見ている。 「八神!」 「姿が見えなくなったと思ったら…。どうした? 困っているなら手を貸すが?」 「ありがたいね。いいとこに来てくれた。さっそく頼みがあるんだけど」 「聞こう。だがその高さから、おまえを受け止めろとかいうのは、勘弁してくれ」 「!」 ぶはっ。 即座に返ってきたマジ? ボケ? な台詞に思わず吹き出した。 八神庵に対するクールなイメージがほんのすこし綻ぶ。 べつにそれが彼の印象を損なわせたなんてことはなく、むしろいっそうの好意を いだかされた。 まだ俺が見てない表情をたくさん持っているのかもしれない。 だとしたら見てみたい。 あんたと知り合えたことが、もっと嬉しくなりそうだから。 「そりゃ残念。じゃぁさ…」 このあと、八神は頼んだ通りの『できるだけ長さのある、かつ丈夫な紐』を手にし て、木の下に戻って来た。 俺は一度木をおりてそれを受け取るつもりだったけど、八神は 「投げて届く高さでもない」と、その紐を肩に担いで俺のいる枝のところまで、 慎重な動きで上ってきてくれた。 「木登りなど子供の時に二、三度したか、しなかったかの程度なんだぞ」と苦笑ま じりに告白しながらも、この高さを登ってくるなんて、なかなか見所がある。 紐に括りつけられて先に下ろされた模型飛行機は無事に少年達の手に戻り、俺と八 神は少々遅れはしたものの、撮影場所に戻った。 「ほんとに助かったよ。ありがとな、八神」 「ああ」 「じゃぁ、またあとで。よぉし! 今度こそリクエストに応えてみせるぜ」 「意欲的なのはいいが。リキむことはないと言われただろう?」 「うーん。そう言われてもなー…」 「…………」 「あ! それはそうと、ちょっと手ェ見せて」 「?」 有無を言わせず八神の両手を取り、手のひらを上に向かせる。顔を近づけて検分を はじめた俺に八神が訝しげな声をかけた。 「なんだ?」 「木登りの経験なんて皆無に等しかったんだろ? 慣れないことして切ったり擦っ たり、傷めたようなところはないか? カメラの仕事に障るようなことがあっちゃ 大変だからさ」 「…………」 アガットの目がじっと俺の顔を見るばかりで、返事はない。 「ん? 俺、なんかヘンなこと言った?」 「いいや。…そんな心配をされるほどオレの動きはへっぴりだったのかと思うと、自 分が少し情けなく思えてな」 プッ。 「そこで笑うか、草薙」 「あ、ああ、ごめん。これは好意的なものなんだ。それにさ、俺はへっぴりだなん て思うどころか、なんか嬉しいって思ってたよ。また機会があったら、木登りおし えてやるからさ。な」 「…………嬉しい?」 「…あ」 聞き流してくれればよかったのに、八神はそこに気を留めたらしい。 あらためて訊き返されると、ふとそんな言葉を漏らした自分自身、驚くやら顔が熱く なるやらだ。でもそこへタイミング良く声がかかったのをいいことに、俺はそそくさ と八神の前から逃げ出した。 だからそのあと、八神がファインダー越しに自分の姿を追っているなんて思いもしな かった。 「へぇぇ。これは珍しいな。人間嫌いの八神が人間にファインダーを向けるなんて。 やっぱり彼は、特別な存在かい?」 「…………」 撮影の邪魔にならない位置。スタッフに気づかれないようそっとカメラを構え、京の 姿を捉えていた八神の傍らに、上品な光沢を放つグレーのダブルスーツを身に付けた 二階堂が立つ。 なにが面白いのか、契約時からやたら自分に絡みたがる悪趣味な上司だ。そんな男に また余計なネタを掴まれてしまったと、八神は内心舌打ちせずにいられなかった。が、 開き直ったのか、ファインダーを覗く姿勢は変えないでいる。 「……おまえ、今日はアプロ社で打ち合わせじゃなかったのか?」 「ああ、それね。先方サイドでトラブルがあったみたいで、キャンセルだとさ。 それでコッソリこっちの様子を見にきてたワケよ。京ちゃんは休憩前よりリラックス してるじゃない。うん。いい感じだ」 「呆れたな。どこで、いつから見てたんだ、貴様は」 「フッフッフッ…さぁねぇ。そんなことより…。見てたぞ、八神」 「なにをだ?」 「京ちゃんと二人、木の上でもここに戻ってからもラブラブムード作ってただろうが。 コンニャロめ。抜け駆けは許さんよ?」 「木の上? そんなとこまで見てたのか。…まったく。あれのどこがそう見えるんだ? おまえの目はどうかしてる。京の親切心を手助けしてただけのことだ。あれは危なっ かしくてどうも目が離せなくてな」 最後の台詞のあたり。この男にしてはずいぶん柔らかな感情がこもっていたように 感じて。 二階堂はひやかすのも一時忘れて、その横顔を凝視した。 「ふーん…変わるもんだねぇ。興味深いよ。でもな、オレ様もじつは京ちゃんのこ と気に入ってんの。クドいて、スキあらば喰っちゃうかもね」 それは本気かタチの悪い冗談か。紙一重な台詞だ。 しかし釘はさしておかねばなるまい。 「……人でなしにはなるなよ」 「人でなかったらいいのかな」 「………」 八神は答えない。ただ連続のシャッター音を響かせるだけである。 二階堂はフフッと愉快そうに目を眇め、自分に目もくれずシャッターチャンスを追う 八神をしばらくの間、観察していた。 しかしこの日、その場所にはもう一人。 そんな二人の様子と、さらにその先の京を追うターコイズブルーの双眸があった。 *********** ニ、二階堂サン。 人でなしって……? back next |