「CP #03」 八神庵にまた会うことができた。 にこりともしない八神に向かって俺は一歩を踏み出し、声をかける。 「その節はいろいろどうも。今日は会えそうだったから、来てみたんだ」 「見たところ元気そうだが・・・。またどこか痛みだしでもしたか?」 「どこもなんともないよ。おかげさまでもう何不自由なく過ごしてる」 「それはなによりだ。・・・ではなんだ?」 「ん。あんたに会ってもう一度ちゃんとお礼がいいたかったんだよ。それからこれを」 手にしたワインボトルを八神の胸に押し当てて、受け取ってくれるように促すと、 「余計な気遣いは無用だと言っておいたのに」と低く呟き、どうしたもんかな、と いった感じの顔つきを見せた。 が、それでも「これは余計な気遣いじゃないよ。感謝の気持ちなの。これぐらいは させてくれよ」と言って笑いかけたら、思ったより素直に手にしてくれた。 八神はボトルを目の前にかざして軽く振り、中で揺れる赤い液体をじっと見ている。 「・・・赤ワインは好きじゃなかったかな?」 八神が俺に視線を戻す。何か言おうとして口を開きかけたが、 「そんなことないない! 八神ってば酒はなんでもイケるクチなんだよん。な、八神」 会話に混ざる機会を窺っていたらしい金髪の男が、待ってましたとばかりに口を挟む。 「ほらほら。こんなところでいつまでも見つめあわれてちゃ、皆が気になって仕事が手に つかないでしょうが。八神君、ひとまず応接室ひとつ貸してあげるから行っておいで」 「・・・・・・気味の悪い呼び方をするな。二階堂」 「だって一応オレは上司だもんよ。こういう時ぐらい上司ヅラさせろってーの」 「あのー・・・いいです。そんな応接室にだなんて・・・っ」 一歩、二歩と後ずさって遠慮すると、八神に右手首を掴まれた。 「ボス直々のお言葉だ。行こうじゃないか」 「え? ほんとにいいのか? それじゃ、ちょっとだけ・・・」 「いってらっしゃーい。八神をよろしくね」 俺たちに向かって「ボス」で二階堂という名の金髪の男がヒラヒラ手を振ってくれる。 俺も軽く会釈して、小さく手を振り返しておいた。 そしてニンマリとした顔と口調で「八神君」と呼んだ金髪の男をはじめ、興味津々と いった周囲の視線をうるさげに睨み回す八神に手を引かれ、その後に続いた。 「なんか・・・仕事の邪魔しちゃって悪いね。すぐ失礼するから・・・」 「気にしなくていい。いいからついてこい。草薙京」 「!」 「だったな?」 と、八神が俺を見た。 「名前、覚えててくれたんだ?」 「ああ。衝撃的な出会い方でもあったしな」 「・・・・・うん。あれはたしかに衝撃だった」 「だろう?」 おどけた口調に思わず吹き出して、八神の顔を見たら――。 あ? 今、笑ってた? なんだろう。胸のうちがポッと暖かくなる。 それは名前を覚えていてくれたことになのか、それとも一瞬見せた目と口元の柔らかい 笑みになのか・・・。 なんであれ、この瞬間から少しずつ、俺は蒼司さんに寄せるものとは違う「好意」を八神 に抱き始めていたんじゃないかな。 禁忌の淵に近づきだしていることを、まだ知りもせずに。 ******** 「tinycat」と「loveseason」の時のイオリさんは、イイ白にゃんこ だったので アダルトモードのこっちはちょいとワルめな?獣な?タイプにして みようかと思ったんですが。 その、なんていいますか、強引にベッドに押し倒しちゃって奪っちゃうとか (何を?)……。 なんだかやっぱりイイ人っぽくしてしまいがちなんだな、これが。 …先生、愛のせいでしょうか? エレベーターを降り、ロビーを横切ってビルの外へと出た。 …外? 「なぁ、どこ行くんだ? 応接室に行くんじゃなかったのか?」 「あそこは狭くて、なによりだされるコーヒーが不味いとくる。何か話をするにも美味い 飲み物がある場所のほうがいいだろう?」 「そりゃまぁ、そうだけど。………いいの?」 「いいさ」 こうして八神に連れられて行ったのは、ビルから歩いて5分余りの路地裏にある古びた カフェバーだった。こじんまりとした外観から受けた印象を裏切り、中は意外に奥行きが あって、置かれたテーブルの間隔にも余裕がある。 店主の趣味なのか、店内はオリエンタルな香の匂いとどこかの国のものであろう民族音楽 が流れ、加えてダウンライトと各テーブルの中央に置かれた蝋燭が独特な雰囲気を醸し出 していた。 白い塗り壁を背にして座り、蝋燭が灯るテーブル席に八神と向かい合って座る。 両隣のテーブルに人はいない。 「コーヒーでいいか?」 「ああ。できればミルク多めで」 「わかった」 八神がオーダーをとりに来たウェイトレスにコーヒーを2つ頼むのを、俺はぼんやりと眺 めていた。 手先も綺麗な形をした男だなぁ…なんて内心思ったりしながらね。 そんな時だ。 ウェイトレスと入れ違うように、黒いチュールを被った女が足音ひとつたてず傍らにやって来た。 なぜか満面に喜びの色を滲ませ、うっとりとした眼差しで俺を見つめている。 一体なんだというんだろう? 緩やかにウェーブがかかる髪は亜麻色で、腰の下まで伸びている。年は俺より上の感じ。 チュールにかけた左手の甲には呪い字のような刺青が施してあり、それがとかく目を引いた。 「な、なにかな?」 こちらの困惑など気にもとめない様子で、女は一方的になにごとか言うと目を伏せ、 恭(うやうや)しく頭を垂れる。 「……………」 どう反応していいか分からず固まっていると、女は顔を上げて名残惜しげな視線を投げ掛け ながらも、来た時同様、静かに立ち去った。 ほんの数分の出来事。 「彼女…なんて言ってたんだろう? おれ、わかんなかった」 出て行ったドアを呆然と見たまま呟くと、無表情に傍観していた八神が少し間を置いて おしえてくれた。 「あの女はビオークルだ。あなた様にお目にかかれて光栄の極みだ、とか言っていたようだが」 「ビオークル? お目にかかれて光栄?」 「獣神信仰をもっている少数民族だ。左手に彫っていた刺青は獣神の使徒であるという証」 「獣神信仰…。…へぇー。そんなことよく知ってんな。でも、なんで俺に? さっぱり わかんないって。あの人絶対、なにか勘違いしてるぜ」 戸惑いをハハッと笑い飛ばしてしまおうとした、のだが。 「そうとも限らん」 八神がそうさせてくれなかった。 「どういうことだよ?」 「………………」 「気になるじゃないか。最後までちゃんと言ってくれ」 「おまえの中にはおまえさえ知らない獣がいるのかもしれん。あの女はそれを感じたのだ としたら?」 テーブルの上に両肘をつき、指を組んだ手の甲に顎を乗せて、八神が俺の顔をじっと見る。 なにひとつ見逃すまいとする強いアガットの目だ。 「……なんでそんなこと言いだすんだよ?」 「女の言動とおまえを見ているうちに思いだしたことがあってな」 「??」 「この事はあとに聞いて知ったことなんだが、おまえがオレの車の前に飛び出した晩、あの 動物園内では最悪のアクシデントが起きていたそうだ」 「! ………」 「おまえは見なかったか? 動物園には数日前に郊外で捕獲された所有者不明の黒ヒョウが 一匹保護されていて、あの晩は屋外の檻に移す作業をしていたらしい。ところがその最中に 黒ヒョウは飼育係の腕を噛み千切り、駆けつけた関係者達の追跡を振り切ってまんまと外へ 逃げた」 「…………」 あれのことだ。心臓が早鐘を打つ。それでも平静を装って庵の目を見返した。 「…期待に応えられなくて悪いけどさ。俺、車にぶつかる以前のことはよく思い出せない」 あの日からずっと、意識的にそう思うようにしている。 脳裏にまだ甦る鮮やかなターコイズブルーの双眼も何もかも、早く曖昧なものになればいいと。 八神は「そうか」と呟いただけだった。 「でも……黒ヒョウはその後どうなったんだ?」 話題を変えればいいのに、気になってついそっちのことを口にだしてしまった。 一瞬「しまった」という表情になったかもしれないが、八神は気にしたふうもなく 「不思議なことに忽然と消えたままらしい」と答えた。 そこでハタと気づく。 「まさか俺があやしいって思ったんじゃないだろうな? そういや、あんた言ってたもんな。 俺がケモノから人に変じてあそこから逃げ出したんじゃないかって」 八神の口元にかすかな苦笑が浮かんだ。 「そんなこと……言った、な」 「お生憎様。生まれてからずっと二足歩行、人間の姿だよ。なんなら蒼司さんに、従兄弟に 証言してもらおうか?」 言っといてからムキになり過ぎだと、ちょっと後悔していると 「…悪かった。気を悪くさせるつもりはなかったんだが…」 と、八神。 「あ、いや、そんな…俺のほうこそ過剰なとりかたしちまって…悪い」 と、俺。 そこへタイミングがいいんだか悪いんだかコーヒーが運ばれてきて、互いに口を閉じる。 口にしたコーヒーはミルクがたっぷりと入っているはずなのに、なんだか苦かった。 ******** 「tinycat」と「loveseason」の時のイオリさんは、イイ白にゃんこ だったので アダルトモードのこっちはちょいとワルめな?獣な?タイプにして みようかと思ったんですが〜。その、なんていいますか、強引にベッドに押し倒して 奪っちゃうとかー★ …しかしなんだか …しかし、なんだか書いてくうちに、やっぱりイイ人っぽくしてしまい がちなんだな、これが。先生(誰よ?)、これって愛のせいでしょうか? そして庵さん、意外と物知りです。私の都合上も含めて(笑)。 back next |