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京は夢を見ていた。
――それはまだ幼かった頃の記憶。
いつものことながら就寝時間が過ぎてもいっこうに眠ろうとしない自分に、ゲー
ニッツはよく、とっておきの寝物語と言っては、いにしえの神様の話をしてくれた。
物心がつく以前から面倒をみてくれているこの牧師が、まるでその情景を思い
出すように時折遠くを見つめて語るのを不思議に思いながら幾度も聞いた。
その中で最も興味を引いたのは、勇猛で智に長けながらその大きな黒翼と紅蓮
の髪が凶々しいと天から遠ざけられてしまった孤独な黒翼の神様のお話。
行き場をなくして降り立った「天の果て」。かの地を覆う瘴気に心狂わされて
荒ぶる彼を、もともとその力に脅威を抱いていた神々はそれを機に葬ろうとし
た。けれども永きに渡る戦いの中で、使徒達によって片翼をもがれ深手を負わ
されたにもかかわらず、その神の強さは衰えることなく逆に神々を退けたという。
――そのあと、黒翼の神さまはどうなったの?
『彼なりの罪滅ぼしなのか、…正気を取り戻した黒翼の神はそのまま呪詛が込
められた疵を癒そうともしないまま地に降りて永い時をひとりでさすらい続け、
時に何処(いずこ)かの教会に姿を見せては祈りを捧げていくとか…』
――かわいそうだね。その神サマ。
――かわいそう?あなたと同じ天使を大勢殺めたのに?
――そうだけど……それは…ひとりぼっちにしたから……
――…どうして泣くの?
――わかんない。でもその神様のこと考えると涙が止まらないんだ。
多くの<天使>を殺めて罰を受けているということに多少の恐怖を感じなかったわけ
ではないけれど、その反面なぜか惹かれた。あの頃から京は、永遠にその
身を蝕まれ
ながら生きるひとりぼっちの神にいつか巡り会えることを心待ちにしていたのだ。
ココニ来テ。僕ガ癒シテアゲルカラ……―。
月日は流れて。そしてやっと、聖堂で跪く彼に出会って。
ひと目で"恋"をした―。
「いおり…」
忌々しいほどに訪れる睡魔の中で揺らめく庵の幻影。
庵を想って零れた涙は、京を包む日差しをたっぷり浴びたリネンに吸い込まれた。
一夜明けて、太陽はすでに真上に位置している。
「…なるほど。それは横暴な振る舞いだと言われても仕方ありませんねぇ」
昨晩遅く京を抱きかかえて帰ってきたベニマルから事の顛末を聞いたゲーニッ
ツは、
ダイニングルームで手にしていたカプチーノ入りのカップを静かにテー
ブルに置くと、
呆れた顔でそう言った。向かい合って座っているベニマルもま
た天井を仰いで溜め息をつく。
ここでも自分の行動を非難され、この上京が目を覚ませばさらに非難の言葉を浴びせられる
だろうと予想するだけで気が重く ならないわけがない。
京と同じく<天使>である
ベニマルにとってもゲーニッツはこの国において
父親のような存在であり、京は可愛い弟
のような存在で、大事に思うがゆえの
行動だったのだが。
「あんたまで…。だいたい俺がこの国をしばらく離れてる間に奴がここに足を
踏み入れて
たってのが許せないね!あんた職務怠慢じゃないか?おまけに京が
あの男に心惑わされてるときた」
「いかな大罪をおこした者であろうと、祈りを捧げようと訪れるのならば拒む
つもりはあり
ません。
むしろ私としてはもうあの男にも安息を与えてやりたいと思っているところですし」
相手が誰であろうとあくまでマイペースなこの牧師のセリフは、この時ばかりはベニマルの
怒りに拍車をかける。
「それと引き換えに京を失ってもいいのか?」
「……禁忌と想いの成就の結果を知ってもなお…京がそう望むのなら、あとは
彼に委ねざる
をえない」
「オレはイ・ヤ・だ」
「私達には奇跡が起きることを祈るほかない」
「嫌だっつってんだろーが!」
「……困りましたねぇ」
2人の会話はそこで途切れ、お互い食事に専念する。
「……」
飲みかけのカップを口元に持っていきかけたゲーニッツがふと顔を上げた。
それにつられてベニマルもフォークを置く。
「なに?」
「誰かみえたようです。ああ。君は京の様子を見てあげなさい」
「わかってるよ。でもしばらくは目を覚まさないはずさ。奴から少なからず受
けてた毒気を
浄化させてるところだから。でも、ま、眠ってるうちによ〜く顔みてくるわ」
肩越しにおどけて言うベニマル。
「それがいいですよ。目を覚ましたらそれどころではなくなるでしょうからね」
ゲーニッツは曖昧な笑みを浮かべて聖堂へ向かった。
聖堂に行くと祭壇の前に佇んでいた訪問客は察したとおり八神庵だった。
イブの夜に訪れた時と同じファーのついた黒いコートに身を包んで。
ただ違うのは双眼が剣呑な光を湛えていること。だがゲーニッツはそれには
気づかないふりをして…。
「こんな時間に訪れるとは珍しいですね」
「京はどこだ?」
歩み寄ってくるゲーニッツに対して単刀直入に本題にはいる庵。
「はい?」
「とぼけるな、牧師。オレは今機嫌が悪くて抑えがきかん。…この間の夜、俺
に尋ねた
<極上の天使>のことだ。…京は、ここにいるのだろう?」
庵の鋭い視線を真っ向から受け止めていたゲーニッツが穏やかな表情はその
ままで
ペコリと頭を下げた。
「お察しのとおりです。仲間の身を案じての行動とはいえ、顔見知りの天使が
強引な手段を
とりまして申し訳ない。しかし早くから察しがついていたような
のに、
その割には登場が遅いような気がしますが?」
「……オレとて悩む」
「ふむ。よい傾向です」
本気でそう思っているようだ。
目の前の牧師を凝視しながら庵はつくづく不思議な男だ、と思った。何もか
も知っている
ような涼しげな目元。遥か過去に会ったのかもしれない。けれ
ど、問いただしたところで
この男は自らを語らない。そんな気がした。
「で、気持ちに踏ん切りがついたと?」
その声で我に返る。
「まだだ」
「………」
「京に会って確かめる。ただその前にオレの手の届かない処へあの横暴天使が京を連れて
行ってしまっては かなわんと思ってな」
そう言うと庵は自分の左肩を掴んで自嘲的な笑みを微かに浮かべた。片翼となった男には
もう天空へ昇る術はない。…と、その時。
「だから横暴オウボウとうるせーよ。おまえはひとりで永劫に痛みを抱えて大地をさ迷って
いろ、エンジェルマーダー!」
ゲーニッツと庵が背後の扉を振り返ると、怒りの形相でベニマルが立っている。
「なんかイヤな予感がしたんで覗きに来てみればやっぱりだ。早くここから立ち去れ!」
庵が静かに向き直り、ベニマルと対峙する。
「いわれずともそのつもりだ。ただし京に会ってからな」
「会わすか、よッ!!」
言葉が言い終わったと同時にベニマルが放った気が火花を散らして烈風の如き
激しさで庵の
体を弾き飛ばした。
「ヤガミッ!」
ゲーニッツが思わず叫ぶ。
弾き飛ばされた庵の体が祭壇上部に嵌め込まれたステンドグラスに叩き付けら
れたと思った瞬間、
ピピピッとなにかがはぜる音がしたかと思うと庵の背から黒い片翼が出現して、叩き付けら
れる衝撃を和らげる役目を果たした。
「キサマ、楽には死ねんぞ」
俯き加減の庵が低く呟く。
つかの間静止した庵だがすぐに壁を蹴るとその勢いのまま手を突き出し、あ然
としている
ベニマルの喉元をワシ掴んで、仕返しとばかりに反対側の壁に向かってベニマルを打ちつけた。
昨夜とはまるで動きが違う。
「が…ハアッ!……テメェ…翼がまだ機能して」
「残る片翼、封じ込まれてもう朽ち果てたものと思っていたが。役に立ったな」
痛みと苦しさに見開かれたベニマルの目は酷薄な笑みを口元に浮かべている
庵の顔
ではなく、その背後にみえる黒い翼を見ていた。
「オレは京を利用するつもりも復讐するつもりもない。あらぬ言いがかりをつ
けてオレを
怒らせるな。また難癖をつけて京を取り上げるようとするなら容赦はせん」
ベニマルの喉元をワシ掴んだままの庵の手からユラリと青い炎が立ち上り、
そのまま
ベニマルの体を包み込もうとする。
「そのぐらいにしてもらえませんか。これ以上聖域で争うのは私が許しませんよ。あとは
あなたと京で気持ちを確かめればいい」
静かで、だが拒否は許さないといった厳しさを含んだ声音に傍らを見やると、
ゲーニッツが
常人にはない力でベニマルの首を絞める庵の手首を掴んだ。
「………」
ゆっくりと庵が手を放すとベニマルの体はズルズルとその場にくず折れる。
「京は別棟の2階の奥です。あなたが受けている呪詛に少なからず影響を受け
ているので
回復させる為に眠らせたのですが、もう目を覚ましてもいい頃だ。お行きなさい」
「……ああ」
踵を返した庵にベニマルが苦しげに息をつきながら、尚もその背に言い募る。
「過去は過去だ。だがな、禁忌を通り越して今のあんたの身は俺達天使にとっちゃ毒そのもの
だ。
京を殺すのか?また<天使殺し>の罪を上塗りすることに
なっちまってもいいのか!?」
庵は振り向かない。それは庵自身考えあぐねるものだった。
京、と切なく何度も呼ぶ声に誘われるように瞼をあげると、自分を覗き込む
愛しい男の顔があった。
「これも夢? …じゃないよな…」
まだ覚醒しきらすボンヤリとしたままの京が庵の顔に手を伸ばすと、庵がその手に指を
絡めて引き寄せ、自分の唇にあてた。
「正真正銘ホンモノだ」
低くよく通る声、手にかかる吐息と温もりが自分に伝わってくる。
「もっと…近くに来てよ」
乞われるままに庵が上半身を屈めて京に近づくと京はその首に両腕を回し、
こみ上げる
想いを強く口にした。
「俺は庵が好きだ。誰よりも愛してる」
「京」
「俺は万人を愛するためじゃなくて庵のためだけに生きたい」
「…それは――」
「庵に触れられて消える命ならそれでもかまわない。庵に愛されたい」
「……!」
清廉な涙を零しつづける京を、庵は強く掻き抱いた。知らないはずはない
「死」への
恐怖さえ凌駕して一途に想いを寄せてくるこの天使が眩しくて、愛しい。
そう―。自分も愛してしまった。 天使である京を。
京の気持ちが静まるのを待つように、そのまましばらく抱きしめていた庵がポツリと尋ねた。
「帰るか…?」
「庵の部屋に?」
「そうだ」
「帰る」
庵の肩に顔を埋めたまま京がくぐもった声で返事をすると、庵は着ていた
コートを脱ぐと
京にかけて抱き上げた。そしてまだ眠たそうな眼をした京の額に軽くキスする。
「眠っていろ。目が覚めるまでずっとそばに付いていてやる」
「…約束な」
そう呟いて京はまた目を閉じた。
太陽が傾き茜色に染まった空の下、庵が京を腕に抱いたまま聖堂の前を通り
がかると、扉の前に
ゲーニッツと顔・腕・そして首にバンソウコウだらけのベニマルが立ってこちらを見ていた。
庵が2人に向き直って立ち止まり、「京を連れていく」と告げるとゲーニッ
ツはただ黙って頷いた。
次に仏頂面のベニマルを見る、と、
「ごめん、ベニマル。…でも大事に思ってくれてありがと…な」
庵の声でゲーニッツ達が近くにいることに気づいた京が庵の腕の中でうっす
らと目を開け、
夢うつつのなかでようやくそれだけ伝えた。
「…京もそれを望んでるんだろ。…これ以上京に嫌われたくないから邪魔はしない。
でも認めたワケじゃないってコトだけは覚えとけよ!」
最後のセリフは庵に向けられたものだ。
「承知している」
ニヤリと笑ってそう答えると、拗ねたようにプイと視線を反らすベニマル。
その様がどこか子供っぽくて、庵は苦笑しつつ2人に背を向けて歩き出す。
やがて京を乗せた庵の車は静かに発進していった。
マンションの地下にある駐車場に車を止めて部屋に戻った庵は、ベッドに横たえた京の
傍らに寝そべり、顔だけは京のほうに向けて約束どおり、その目覚めをじっと待っていた。
――そうしてからどのくらいの時間がたったのか、
「………」
京の寝顔を飽くことなく見つめていた庵は目覚めの兆しを感じ取って身を起こし、顔を覗き込んだ。
京が小さく吐息をつきながらゆっくり目を開ける。
まばたきする度にはっきりしていく視界に映る庵の顔をぼんやりと見つめ
ていた京の脳裏に、
先刻泣きじゃくって庵にしがみついた自分の姿が思い浮かんだ。
「あ」
庵の目を意識した途端に京は両腕を交差させるようにして顔を隠してしまう。
「どうした?」
「だって…恥かしいんだよ! 思いっきり泣き顔見られた」
一瞬ワケが分からずキョトンとしていた庵だが、何に京がしきりにテレているのか
察するや、フッと柔らかく笑んだ。
「京、手をどけろ」
「やだ」
「聞き分けのない奴だ。ほら」
交差した両腕を掴んで上半身を起こさせる。向かい合わせになって、少し脹れっ面の京と
目を合わすと、庵は京の左手を掴み、ひとさし指を突き出させるように握ると自分の胸にあててみせた。
「なに?」
「恥かしがらなくていいんだ。おまえの涙は俺の胸に染みたぞ。深くな」
そう言って庵はそのまま指を唇にもっていき恭しく口づける。と、みるみるうちにまた
京の瞳から涙が零れた。
「あ。まただ…。なんか庵のせいで涙腺がモロくなった」
「それはすまんな。どう詫びようか?」
庵は苦笑を浮かべて、着ているシャツの袖で涙を拭う京の髪先を、困った時のクセなのか
…ツンと引っ張りながら京を宥めた。
京はそんな庵の胸にコツンと額を当てて呟く。
「庵だけのものになりたいんだ」
「……だがオレは」
京が顔を上げた。頬ばかりか耳朶まで紅くしながら…。けれど迷いのない
黒耀石のような
輝きをもつ瞳は庵を釘付けにする。
「いいんだ庵。庵も少しでもオレのこと好きになってくれたんなら叶えて」
そう言ってベッドの上に膝立ちになった京は、両手で庵の顔を少し仰向かせて優しいキスをした。
躊躇いを隠せない庵をそのままに、庵が着ている黒シャツのボタンを外して、夜気に晒され
てゆく肌にも間隔をおいてキスを落としていく。
まるで秘められた儀式のように。
黙って京が与えてくれるキスを受け止めていた庵だが、最後のボタンに手
がかけられた時、
その手をやんわりと掴んで制した。 京も押し切ろうとはせずに、ただ静かに庵を待った。
十分な間を置いて、ようやく庵が口を開く。
「…もう還れないんだぞ?それに」
「わかってる。でも庵のそばにいられればオレは幸せだからさ」
「…………」
迷いのない返事といつしか魅了されてやまなかった屈託のない笑みに背中
を押されるよう
に、今度は庵から京に深く口づけた。口づけながら黒シャツ
にかけられたままの京の指に
自分の指を絡ませると、京がもう一方の手の指も絡めてくる。
交わすごとに熱を高めていく口づけに、京の体は力を失ってゆっくりとシーツの波間に沈んだ。
庵もそれを追うように、そして手を引かれるままに京に重なった。
「ふ……ぁッ…」
熱を帯び、艶を含んだ声が京の口から洩れる。その声を耳にして庵は京の下肢から顔を
上げて体をもとの位置に戻し、ついばむように口づけた後
「また天使をひとり殺そうとしている俺を、断罪するなら今なんだがな…」
誰に言うでもなく、庵が呟いた。
一度放たれた熱情は冷ましがたく庵を突き動かす。
もう自身では抑えられない…。
京の着衣を取り去ってあますところなく晒させた肌を撫で下ろしてゆくと、
時々くすぐった
そうに身を竦める。触れれば触れるほど、どちらかというと色白の類に入るであろう肌を
ほのかに紅く染める京に愛しさが募った。
「そんな辛い顔するなよ。もう俺が誰にも庵を疵つけさせやしない。その
背中の疵だって
癒してみせるから……」
おずおずと庵の背に回された京の両手がシャツを握り締めてそのまま引き脱がそうとする。
庵はその意図に気づいてスッと体を離し、京を見下ろした。
「京」
「だってさ…庵ってオレの前で一度も脱いだこと…ない、よな」
「見たいのか?」
「見たい」
「すけべ」
半裸状態で見下ろしてくる庵がニヤリと唇の端を吊り上げた。庵にしてみ
ればちょっと
からかってみただけなのだが、京はムキになって弁明した。
「ちっ、違うってば!そーいう意味じゃなくてッ、オレは背中の疵に触ろうとしただけ…庵?」
「もういい。オレはおまえがいてくれるだけで十分だ。そばにいてくれ、1秒でも永くな」
そう言って庵が京の頬を撫でる。その言葉に京はまた泣きたくなるがグッとこらえると、
心とは裏腹にくすりと笑ってみせた。
「…ふふっ。なんだオレたち両思いじゃん」
「そうだ」
「めちゃくちゃ嬉しい。けど、そんなのダメだ」
「京」
「オレが癒してやるって言ったろ。だから」
京はもう一度庵のシャツに手をかけようと上半身を起こしたが、やはり天
使にとって穢れで
あり、毒となりうる疵に、京がじかに触れることはさせまいと思う庵によって、難なく
シーツの上に押し戻されてしまった。
「京。困らせないでくれ」
「それはこっちのセリフ!」
「だめだ。さぁ、おしゃべりはここまでだ。俺のものになってくれるんだろう?」
そう言って体の下で身じろぐ京の耳元に庵はことさら甘く囁いた。
「いお…りッ…ぁ…・ンン…うっ」
庵のその言葉に京は一瞬体を震わせた。恐れではなく歓喜に。
まだなにか言いたげだった京の唇を奪い、庵は京の下腹から内腿へと愛撫しながらその腰を引き寄せた。
「…ッ……ァッ!」
京が望んだ瞬間が訪れる。
背をしならせて庵の肩に爪をたてながらも熱の楔をその身に迎え入れた。
「いおり…っ、ァ…熱い……いお…り」
しっかりと抱き込まれた腕の中で、京はうわ言のように庵の名を呼び続ける。
庵は乾いた唇を湿らすように何度も口づけを落としながら「愛してる」と囁いた。
庵からもたらされる言葉は祈りのように真摯な響きをもって京を高みへと導いていく。
いっそこのまま溶け合ってしまいたい…そうすれば永遠に庵といられるのに―
意識が白い闇に呑まれてゆく中で、京の目尻から涙が一粒零れ落ちた。
こうして裁きの雷(いかずち)が落ちることもなく、二人はただ、蜜のように甘く滴るような長い一夜を過ごした。
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