舗装こそされていないが、凹凸になる石等は丁寧に取り除かれている。

さりげなく手入れの行き届いた山道。

緩やかな勾配をけっこう歩いたつもりなのに、

目的地である八神の屋敷はまだ見えない。

視界に映るのは、見事なまでに桜、桜、桜。

神楽の話によると、此処のこれら全ては八神家が、三月生まれの現当主…

つまり、庵の誕生を祝ってその年に植樹したものだという。

それにしても

「誕生祝いに一、二本ならあるとしてもだ。誕生を祝う規模がデカ過ぎやしないか?

いったい何本あるんだか。八神庵のくせに生意気だぜ」

桜の香りを胸に深く吸い込みながら、京の脳裏には、

相変わらず不遜な面構えの庵が鮮明に浮かんだ。

「ま、この綺麗さに免じて許してやりますか」

頭上を覆う桜の花を眺めていると、八神の領域に踏み込んだという緊張感も

薄れ、自然と気持ちも表情も綻んでいくのがわかる。

日本の四季の中で、最も美しいと感じるこの季節。

桜咲く日に生まれたのであろうあの男は、どんな顔でこの桜を眺めているんだろうか。

「……うわー。おれ、なに気分だしてんだよ。やめやめ」

桜を通して庵を思った自分に気づき、なんだか気恥ずかしくなる。

京は、藤色の布に包んだ酒瓶を持つ手を左に持ち替えると、

思いを振り切るように歩調を速めた。

すると小道の先には―。

「これはこれは…。八神家のご当主が自らお出迎えに来てくれるとはね。 ちょっと感激モンかもな。元気か?」

前方右脇。

桜の幹に凭れて腕を組み、自分を見ている庵に気づいた

京は、ニッと笑って勝ち気な目を向けた。かたや、

「見てのとおりだ。なに、ここの桜に惑わされて草薙家のご当主様が 迷子になっては可哀想だと思ってな」

などと、庵もまた口元にシニカルな笑みを微かに漂わせて、言葉を返す。

ああ言えばこう言うというやつだ。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

心の内はあくまで晒さずに、

静かに見つめあう二人の髪が、渡ってゆく風にあおられた。

その狭間には、薄桃色の花弁がはらはらと静かに舞う。

そんな中で、

「ホントは待ちきれなくて迎えにきたんじゃねぇの?」

早くも眼力勝負に飽きた京が、とんでもないことを言い出した。

「…………………」

すぐに否定か嘲笑が返ってくるかと思ったのに、なんの反応もない。

となると、

「ああ、まいったな。そうだったのか」

ちゃかし気味に困惑してみせる京に、ようやく庵が口を開く。

「そんなはずがあるか。あまりにも貴様が自惚たことをほざくんで、呆れて声が出なかっただけだ」

「ふぅん。そういうことにしといてやる」

「……好きに言っていろ」

フン! と庵は桜の幹から体を離すと、機嫌のいい顔の京に背中を向けてさっさと歩き出した。

(それでもさ…)

「帰れ」と言わないあたりがおまえの甘いところで、それが俺を自惚れさすんだよな、

などという言葉はさすがに口にはださずにおいて、京は庵の後ろをおとなしく付いて行った。



「京」

「ん?」

「なぜ、ここへ来た?」

庵が振り向かないまま、後ろをついてくる京に尋ねる。

「おまえの誕生日だからだろーが」

「……貴様が祝ってくれるのか?」

「そうさ。この草薙家の京様が祝い酒持参でな。これ、美味いんだぜ?」

「それは…光栄なことだ、な」

どうにもそう思ってるようには聞こえないが、それは当然といえば当然の反応だ。

だから京は気にしたふうもない。

「そう思うんだったら、ちったぁ愛想良くもてなしてくれよな、なーんて」

京が軽くそう言うと、

すこしの間を置いて、庵がクククッと肩を揺らして低く笑い、呟いた。


「承知した。泣きたくなるぐらい歓待してやる」…と。







庵の先導で八神の屋敷に辿り着いた京は堂々と正門をくぐり、

用意されていた客間に通された。

しかし使用人達の慇懃な態度や屋敷全体に漂う空気がどうにも落ち着かなくて―。

すぐに腰を上げて庭側の障子を開け放ち、桜をより近くで堪能できるその廊下に

気づくやいなや、酒はここで飲もうと決めて庵を誘った。

庵もそれには賛成らしく、素直に応じたので、

ずいぶんと穏やかな雰囲気で、二人きりの酒宴は始まった。



夜になるにつれ時折強まる風が、桜の花を無情に散らしている。

流されていった雲の一群から顔をのぞかせた月の光を受けて、

庭に面した廊下は濡れたような光沢をはなっている。

京は胡座をかき、庵は濡れ縁に両足を無造作に下ろし、体を庭に向けていた。

二人の間には京が持参した瑠璃色の酒瓶と、庵が持ってきた

つまみの入りの竹篭が置かれている。

京が問答無用でなみなみと注いでくる酒を、

はじめのうちはちびりちびりと口にしていた庵だが、

五杯目にもなると進みもよくなっきて、残りはぐいっとあおってみせた。

「いい飲みっぷり。持ってきた甲斐があったぜ。美味いだろ?」

「ああ。キレがいい」

「よしよし。じゃぁ今夜は俺が注いでやるから、どんどん呑め。そんで酔え」

上機嫌の顔をして京がまた、酒瓶を庵に向けて突き出した。が

「かまうな。酒は自分で注ぐ。おまえも好きに飲めばいい」

つれない態度だ。それでも京は酒瓶片手に庵に迫る。

「まぁそう言うなよ。今日誕生日のおまえはとにかく祝われ、

酒も注がれる身分なの。素直に俺様に祝われろー」

「ずいぶんと可愛いことを言うじゃないか。酒のせいか?」

庵は含み笑いしながら、傍らの京に流し目を送る。

京は憮然と見返した。

「ハタチもとうに過ぎた男に向かって、<可愛い>って言うな」

庵がクッと笑う。

「可愛いと言ってなにが悪い? 他にもあるぞ。誕生日を祝ってやるだのとわざわざ

こんな辺鄙な所まで出向いて来るわ、オレに酔えと酒は注いでくるわと…。

いつからそんな世話焼きになった、京? ― 余程聞きだしたいたいとみえる」

「………なんのことだよ?」

「オレが神楽の申し出を受けたことをだ。違うか?」

「!」

目が合った。

「そんなに意外だったか?」

「………」

「どういうつもりか聞きたくて、ここまで来たんじゃないのか?  ただ誕生祝いに来たワケではなかろう?」

「…………」

「京」

「…ちぇッ。サービスしすぎちまったか。ああ、そうだよ。おまえがウッカリと神楽の

言葉にノセられやがるから……気になっちまうじゃねーかよ。まさかテメー、

神楽の言いようを真に受けたんじゃねぇだろうな? 俺はこれっぽっちも

弱くなったなんて思っちゃいねぇのに。……それに、よ…その…」

少しばかり歯切れが悪くなった京の言葉の先を、察したように庵が続けた。

「鏡を奪っていったあの男が、今度はオレの八神になにか

仕掛けてくるのではないかと気になってしょうがない」

「! …………………オイ」

「とか言いたかったんじゃないのか?」

「バッ、バカ! なんだそれ! なにがオレの八神、だっ!! 

よくもそんなハズカシイ台詞が口にだせるな…って、…さてはおまえ、

なんともないような顔して…じつはもう酔ってやがるな?!」

「かもしれんな。今のおまえの顔を見ていたら、またやたらと気分が良くなった」

庵はフフッと笑んだまま目を伏せると、後ろ手をついて空を仰いだ。

この男のいつもに比べれば無防備な感じ。

時には魔的な印象を与える琥珀の双眼も、今は閉じられている。

その様子は、眠りに落ちてゆこうとしているようにも

木の葉をゆらす微かな風の音に、耳を傾けているようにも見えた。

「こんなところでうたた寝したら、冷えちまうぞ。寝るんなら部屋に帰れよ。
俺はもう少しここで花見酒させてもらうけどさ」

ひとまず京は訊くことを諦めて、目を伏せたまま動こうとしない庵の手から

ぐい飲みを取ってやろうと手を伸ばした。

「!」

途端、庵が突如目を開けて、じろりと京を見る。

京は一瞬慌てたように手を引いた。

唇の両端をゆるやかに吊り上げ、見上げてくる視線に含まれる魔淫の光が

京の下腹をおのずと疼かせた。

戸惑い気味の京の顔は、酔いも手伝ってますます朱がのぼりだす。

「やめれ、そのイヤラシイほほ笑みは」

「そうか?」

「してるよ」

「じきにおしえてやる」

口の端に笑みを刻み込んだまま、庵はぐい飲みを置くとおもむろに立ち上がった。

「どうしたんだ?」

「草薙の当主が八神の聖地に入ったと、桜達がずいぶん騒がしいのでな。 少しだけ相手をしてやるのさ」

「…はぁ、なんだそりゃ? おまえって、酔うと不思議ちゃんになるのか?」

キョトンとなったのちプッと吹き出すと、庵が肩越しに見返してきた。

「ん? ムッときちゃった?」

「いいや。おまえのほうこそ気持ち良さそうな顔になってきているなと…。

それはいいが、酔いつぶれるなよ。あとでたっぷりと愛でてやるのだからな」

「!」

「泣きたくなるぐらい歓待してやると、言っただろう?」

当然のように言い放たれた言葉に硬直した京をそのままにして、

庵は濡れ縁に下りると桜の木の下に行ってしまった。


すると、畏怖したかのように風が止んだ。







ひとり酒をしながら静かに、桜の木の下で佇む男の背中を眺めていた。

さっきから微動だにしない。

―どんな顔して桜眺めて…いや、マジ、会話してんのかな?

眺めて待つだけにも飽きて、京も濡れ縁に足を下ろして庵の傍に行った。

「!」

そこであきらかに桜の香をだいなしにする匂いに気づき、八神の手先を覗き込む。

「あ。こら。やめとけ、八神」

ひょいと手を伸ばし、いつのまにやら彼が紫煙を燻らせていた煙草を取り上げた。

指先の煙草は、京の右手に生まれた炎によって一瞬のうちに燃え尽きて。

「おい…」

「不粋だぜ。桜の香りを楽しめってーの」

「オレが何日此処にいると思う? いいかげんに飽きている」

八神が渋い表情で、用のなくなった携帯用の吸殻入れをスラックスのポケットに戻す。

「あーそうかい、贅沢者め。で? 桜達のほうは満足してくれたのかい?」

「……ああ。しなくても、オレのほうがもうつきあいきれん」

「よーし! それなら今度は、この草薙京サマが誕生祝いとして存分に相手してやるぜ。

あ、俺が言うのはモチロンこっちのことだからな」

右手のひらに今一度、紅蓮の炎が立ち上り、強気の笑みを湛えた京の顔と

周囲の桜が照らし出された。

「ほぅ。まずは荒々しいもてなしが望みか? いいだろう」

好戦的な眼差しにうっとりとした色を滲ませて、怜悧な笑みを返した庵の腕が上がる。


静寂の山に咲き誇る桜の木々は、主とその想い人から迸る目映いオーラの強さに

呼応するかのように枝を震わせ、夜空に無数の花びらを舞い上げた。








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‖ アトガキ・オモテ ‖
ご両家当主。アツアツなのはいいのですが、お山で火遊びはいけませんね。
もう、とうに過ぎ去ってしまいましたが、2004年庵サマお誕生日ノベルでごじゃいます。
ちょびーっと<KOF2003>の三種の神器のストーリーを意識して書いてみたんでスが。
感じていただけましたでしょうかね? いつぞやのTOP・SSの元ネタも入ってますよー。
あ、これには続きがありまーす! ウッフリモードも読むぞー! な、お方はクリック→