月日は流れて――。
 

うす曇りの空の下、身に染み入るような冷たさはじきに雪が降る兆しだ。

また冬が巡ってきた。

教会から鐘の音が聞こえる。

庵はまだ新しい墓石の前に佇んでいた。

ゲーニッツにおしえてもらい探し当てた場所。この下には京が眠っている。

共にあることを許された時間。 慈しみあいながら過ごす中、ゆるやかに体が弱っていって

いることに京自身、 そして庵もまた気づきつつも互いに離れることはなかった。

木々からすべての葉が落ちる頃には、京はすっかりベッドの住人になっていたが、

蜜月のような日々はあいかわらずで。

 初雪が舞った夜は外に出たがり、庵は京の強情に負けてあの公園に抱いて連れて行った。

それが最後の夜。

鼓動が止まり、内側から冷えていく体だというのに柔らかさは失われず、うっすら

微笑んでいる顔を見ているとただ眠っているだけだという気にさえなった。

亡骸を抱き、昔読んだ書物に「天使は死しても朽ち果てることなく、花の香りを纏う」

という一文があったことをぼんやりと思い出しながら教会へ足を踏み入れた庵をゲーニッツが迎えた。

身についた雪が溶けて、髪先からこめかみや頬へと伝う滴(しずく)がまるで涙のようだ
 
と思いながら、ゲーニッツは胸の前で十字をきるとそんな庵の腕から京の亡骸を そっと受け取ったのであった。






 カサリと乾いた音をたてて、庵は京の名が刻まれた墓石に両手いっぱいの

カサブランカとかすみ草の花束を手向ると、その墓標に話し掛けた。 

「俺にはこのぐらいしかしてやれないが…おまえは綺麗なものが好きだったろう?」

「あんたが与えてくれるものならなんだって京は喜ぶだろうよ」

肩越しに後ろを見ると、キャメルのレザーコートを着込んだ紅丸がやや憮然とした

表情で立っていた。

「あの日以来だな、八神」

「ああ」

「本音を言わせてもらえば言いたいコトは山ほどあるんだが、…最後まで京を

幸せそうな顔で逝かせたんだってことを見たらあんたの真(まこと)の心って

やつを認めざるを得ねぇよな…」
 
とは言えど、紅丸はあまり自分の口からは言いたくないセリフらしく、眉間に
 
シワを作って金色の髪をガシガシと掻いている。それでも横に並んで立つと、

ぶっきらぼうに言葉を続けた。

「後追って死のうなんて思うんじゃないぜ」

「………!」 

思いも寄らぬ言葉を投げかけられて、庵の顔にはわずかな苦笑が浮かぶ。

「そんな顔をしていたか? …にしても意外すぎるお言葉だ」

「まったくオレもそう思うよ。でも京はおまえのそばでないと幸せになれ

ないんだってコトがよーく分かったもんでね。消えちまわれたら困る」

 紅丸が溜め息をつきながら言った。

「命を絶ったところで俺は京がいる元には召されんだろうからな。京が自分の

命とひきかえに救ってくれた命だ。ムダに捨てはせん」
 
と、皮肉でも自嘲でもない穏やかな声音。
 
紅丸はチラリとそんな庵の横顔を盗み見ると俯いて、わざとらしい咳払いをひとつした。

「ちぇッ。気ィ回し過ぎたぜ。いい心がけじゃん。世の中には奇跡=Aって

ものがあることだし…。元気でいろよ、ロマンチスト。オレは今夜の便でアメリカに

帰るんでね、日本とはまたしばらくお別れなんだ。京を…頼んだぜ」

「ああ。貴様も元気でな」

 紅丸は庵の返事にほんの一瞬だがニヤリと笑って頷くと教会の方へと去って行った。



「幸せに、か」

再び一人になった庵は墓石に視線を戻して物思いに沈みながら、知らずうちに想いを声にだしていた。

「京、俺はおまえに出会って安らいだが…。こんな結末を迎えても、おまえは幸せだったと言ってくれるか?」

「幸せだって」

「?!?!」

間髪おかず割り込んだ声に庵がハッと後ろを振り返ると、紅丸と入れ替わる ようにそこに立っていたのは。

「んで、これからも2人してもっと幸せになんの」

 言葉を失っている庵に、「ふふっ」と優しげに目を細めて笑顔を見せているのは 紛れもなく京だった。

穴があきそうなぐらい見つめられていることに、少し困惑したように指先で

頬をポリポリと掻きながら足元に視線を落として京が口を開く。

「神サマがさ、いったんキレたら手の付けられないアンタの面倒みれ るのはオレだけだろうって。その上そんなに惚れちゃったって

いうなら地上に行ってしっかり掴まえておけ、だってさ。 驚いたか、庵? わわッ!!」

 庵は聞き終わらぬうちに無言で京に歩み寄ると、少々手荒にその両肩を掴んで 力まかせに引き寄せた。

「ほんとに京なのか?!」

頬を包む庵の両手がかすかに震えているのに気づいた京がその手の甲に自分の 手を重ねて答える。

「そうだよ。キスでもしてやろうか?」

上目遣いに庵を見て言うと、今度は京が庵の頬へ両手をあてて顔を引き寄せ、 そっと唇を重ねた。

「わかった?」

顔を離して問うと庵の手が京の腰に回されてそれ以上離れていくことを拒む。

「ああ、確かに俺の京だ。……これがあいつが言った奇跡≠ニいうヤツか…。

奴め、知っていてあんなコトを」

「でも紅丸だって知ったのはごく最近だよ。でさ、紅丸の場合は腰ぬかしてた」

 その時の光景を思い出したのか腕の中で京がぷくくッっと笑う。
 
そんな姿を見てもまだ信じがたいのか、庵が確かめるように抱く力を強めると、

京も同じように庵の背に手を回して抱き返した。

「庵」

「なんだ?」

「綺麗な花をありがとな」

「……」

 京が目で指し示す先には、墓石に添えられた大輪の花束。

「なんかヘンな感じだな。おまえはこうしてまた俺の腕の中にいるだけに」

「そうだなぁ。でもサ、うまく言えないけど…ここには天使だったオレが眠ってるって

コトにしておこう。今庵の前にいるのは天使でもなんでもない、ひとりの人間として

生まれ変わったオレだから…―」

「京」

「今度こそほんとに、ずっと一緒だ」

そう言って京が黒耀の瞳を潤ませた時。

偶然か否か、空を覆っていたぶ厚い雲が割れて、その隙間から幾筋かの光が

地上に向けて射し込んだ。そしてその淡い光の射す中で、庵は京が見惚れる

ほどにフワリとした笑みを零すと、淑女を口説くような仕種で囁く。

「―では誓いの口づけを」
 
すると少し芝居がかったセリフに吹き出しそうになりながらも、京は幸せ

そうにうっとりと口づけに応えた。


再会した二人を祝福するかのように雲が晴れていく。



こうして新しい日々は始まる―――。



                    

                      【END】