|‖サマー・バケーション‖|




渋滞する車の間を縫うように向かいの歩道からこちら側へと渡ってくる男の姿に立ち止まる。

目が合ったその一瞬、まわりの喧騒は消えて。

太陽の照り返しをうけてうだるような暑さに包まれた街の中で、庵は運命としかいいようの

ない偶然に唇を笑いのカタチに歪めた。

己の体をいいように弄りその右腕から紅蓮の炎をまんまと奪っていった非合法組織の行方を

追って、あの日以来姿を消した京にばったりと再会したからだ。

けれど―。

「よ、よぉ。元気してたかよ? その後は暴走してねー?」

「・・・・・」

意識してつくられた笑みと、無理に喉の奥から押し出したような京の声に眉を顰めた。

求めてやまなかった存在を前にした高揚感もつかの間、なぜだか胸の片隅がチリッと灼ける

感覚に黙りこんでいると、その沈黙に苛立ったのか京が不機嫌な顔をして庵を睨んだ。

「なんとか言えよ」

「・・・・・・・」

「あいっかわらずつれない奴だよな、テメーは。じゃぁな」

「待て」

大げさなため息と共にそう呟いて自分の横をすり抜けていこうとした京の右腕を、庵は捕ら

えてすぐ脇の路地に引き込んだ。

当然京は拒もうとするのだが。

「なにすんだよ! 離しやがれ!!」

「"じゃぁな"ですんなり別れる間柄でもなかろう? おまえのほうこそつれないじゃないか」

腕を振り払おうとする京に唇が触れそうなほどに顔を寄せて庵が囁くと、京は表情を曇らせ

わずかに視線を逸らせた。

「こんな人通りの多いとこで戦かったら目立っちまってしょうがないぜ? それに今はおまえ

とやり合おうって気分にゃなれねェし。ヤボ用が片付いたら考えてやってもいい…ンッ?!」

言い終わらぬうちに庵がその唇を塞いだ。

予期せぬディープキス。

抗わずにはいられない京だが、キスと同時に背後の壁に自分を縫い止めた力の強さに押され

て渋々ながら受け入れる。

そう―。これは渋々なんだと言い聞かせたつもりだったのに。

なのに体はたったこれしきのことで「八神庵」を思いだしてしまい、欲望を揺さぶり起こす。

「・・・・ゥ・・・・」

庵は押さえた京の両手首から力が抜けていくのを手のひら越しに感じとると、なにを思った

のか京の右手をしっかり掴み直して路地を奥へ、裏通りへと歩き出した。

「おいっ! どこ行くんだよッ?!」

「場所をかえる」

「俺が言ったこと聞いてなかったのかよ? 今おまえの相手してるヒマが俺には…っ」

「ヤル気になった体のままで行くつもりか? その熱はひとりでは冷まさせられんぞ?」

「!!」

掴んだ手の力を緩めぬまま、庵は京を見ると不敵に笑った。







寂れたモーテルの一室。

「今夜から都心部を中心に熱帯夜が続きそうです」と抑揚のない声で男性アナウンサーが伝

えている画面を尻目に、つけっぱなしのテレビが放つ光の前で蠢く2つの影。

照明を落として冷房をガンガンに利かせた室内、挑み合うような激しさで互いを求め合った。

幾度吐精しても冷めやらぬ昂ぶりに、この行為は永遠に続くのではないか?という気にさえなっ

た2人だが、睦言もなくただ熱を帯びた息遣いが洩れるだけの時間もやがては終るもの。

まだ名残惜しいとでもいうように肌をまさぐりながらも庵が退いていくのを体で感じていた

京がねだるような甘さを含ませて掠れた声をだした。

「なぁ」

眉間から鼻筋へと唇を滑らせ、少し反らせた顎に啄ばむように口づけて起き上がろうとする

庵の腕をやんわりと掴んで引き止める。

「なんだ? まだ欲しいのか?」

「ちがう。あのさ、ちょっと考えてたんだけど」

そう答える京を見下ろしていた庵の琥珀色の眼がスッと細められ、少し意地悪な笑みを浮か

べた。

「ふぅん。いささかくたびれてる様子だったから手加減してやったんだが。よそ事を考える

余裕があったのならもっと啼かせてもよかったな」

下腹を疼かせる低音の響きで庵が言う。

(どのへんが手加減だったんだろ?)

心地よいけだるさに身を漂わせながら今しがたの行為を思い返す。

「ア!」

と、再びスラリと長い指が腰とシーツの間に忍び入るのに小さく声を洩らした。後ろに触れ、

ふたたび差し入れられそうになるのに気づいて「もうヤメヤメ」と腰をくねらせて阻止する

一方、庵の顔を両手で掴むとグイッと自分の顔へ引き寄せる。

「なぁ、聞けってば」

「聞いてやってもいいが、そのかわりもう一度だ」

「なんでそんなに元気かな、テメーは」

「ようやく見つけた獲物を前に昂ぶってなにが悪い? 京…貴様もうメチャクチャにして

やりたいぞ」

「うわ―、オニ・・・じゃなくてヘビだったか」

おどけてみせる京に圧し掛かる庵の発言はサディストとのそれへと化しつつあるが、口調か

らすると機嫌はイイようだ。

そんな今がチャンス!とばかりに、京は庵の首に自分の両腕を絡めると目を輝かせて言った。

「本題に戻すぜ。あのナ、まさかオレ達がこんなとこにいるって、誰も思いもつかないよう

なトコに行ってみねェ?」

「なに?」

「だからさぁ、まさかこんなところにアイツらがいるのかぁ? って言うような場所へテメー

と2人だけで行くの! どうだ?」

「何を言いだすのかと思えば・・・ずいぶん唐突だな」

"コトの最中になにを思っていたんだ、おまえは?"、というような顔と思えなくもない表情を

した庵の返答を待っている京の顔は"俺の期待を裏切る返事をコイツがするワケないもんね!"

という自信に満ちた表情にとれないこともない。

内心、京が望むままに―と、庵はいくぶん表情を和らげると薄く開いた京の唇に了承の意を込

めてキスをした。

「オレを誘うとはどう風の吹きまわしだ? ヤボ用があったんじゃないのか?」

「テメーにかまってる暇はねーって言ってる俺をここに引っ張り込んどいてよく言うぜ」

そう問う庵を京はムッと睨んだがそれも一瞬で、すぐにやるせない表情をみせた。

「ああ、あれな。・・・・・俺さぁ、追っかけられんのには慣れてっけど追っかけるってのは

どうも性に合わなくてさ。疲れたからちょっとここいらでおまえをお供に夏休みしてもいいん

じゃないかな〜、って思っちまったの」

「・・・・ほう?」

「行く?」

「いいだろう。どこへなりと"お供"してやる」

"お供"扱いにはひっかかりを感じる庵だが、それ以上に誰の干渉も受けず京と2人きりになれ

る場所があるというのは魅力的だ。

返事を聞いた京の顔に見知った笑顔が浮かぶ。

「よし、決まりだな! シャワー浴びてひと寝入りしたら出発しようぜ」

「切り替えの早い奴だ」

今夜はもう一度熱く濡れる時間を過ごしたいという欲求はこうしてお流れとなってしまったが、

自然な笑みを零しはじめた京を見ているうちにどうでもいいように思えてきた庵なのだった。

  

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こうして訪れた先は、京がまだ子供の頃、夏の盛りともなると避暑と修業を兼ねて両親に連れ

られ三、四回ほど来ていたという、とある山間の村。

今日で滞在5日目になる。

豊かな緑の景観に包まれ、人や車の喧騒・耳障りな電子音たちとは無縁の場所。住人は素朴で

気負ったところがない。京がおぼろげに記憶している店や建物も結構残っているらしい。


『ほーんと、いまだにコンビニもねー、自販機もロクにないとこなのな、ここって』

座るのにちょうどいい形をした岩場に胡座をかいて釣り糸を垂らしている自分の傍らでさっき

まで寝そべっていた京が、感心ともボヤきともつかない感想を洩らしたのを思い出す。

背後の雑木林でヒグラシが鳴いている。

他に聞こえてくるのは水のせせらぎ。

たしかに2人が身を置く場所として選ぶとは誰も思いつかないだろう。
「・・・・・・」

庵は空を仰いだ。

ここでの時間は静かにゆったりと流れる。

村役場で聞いて紹介された宿は空き家となった純和風のお屋敷をちょっとした宿泊所にと改築

されたところで、今風な言い方でいうコンドミニアムみたいなものだろうか。何組か迎えられ

るように造られてはいたが、この夏まだ自分達以外に訪れる客の予定はないらしく一軒貸し切

り状態となっていた。

ともなると完全自炊するのかと思いきや、建物の管理を任されている老夫婦が時々厚意で食事

の世話を焼いてくれる。

あまりに穏やかすぎて気が抜けそうにならなくもないが、京が屈託なく笑っているのでまだ付

き合う気はあった。

今日はというと、いつのまに誰から聞きつけてきたのか「釣りの穴場があるらしい」と目を輝

かせている京に誘われるまま、レジャー客はおろか地元の人間であっても余程の物好きでない

と知らないような山道を一緒に踏み分け入ることとなったのだった。

視界が開けると情報どおり小さな滝のある場所にでて、今こうして釣り糸を垂れているわけだ。

パシャッ。

「・・・・・」

水の撥ねる音に岩場からそっと水面を覗き込むと、澄んだ水の中に魚たちが鱗をキラリと光ら

せながら泳ぐのが見える。

いつしか無心にその動きを目で追いかけていた庵だが、

「おーい、太公望。何匹釣ったぁ?」

だれが太公望だ、誰が?! と返しながらよく通る京の声に顔を上げると、下流のほうから白い

Tシャツに短パン姿の京が網袋片手にやってくるところだった。中身は野菜だ。朝ここに来る

途中、通りがかった畑の持ち主から貰い受けた野菜をちゃんと川の冷水に浸していたようだ。

「まだ一匹もかかってこんな」

川面に視線を戻して答えると後ろに立った京が軽く嘆いた。

「あちゃー。今夜の晩ご飯のメインディッシュなんだから気合い入れて釣ってくれよ〜〜」

「釣り糸に気合いなんぞ込めたらますます逃げられる」

「ははっ、そりゃそうだな。・・・しょーがない。んじゃ、とりあえずこれでも食って帰ると

すっか。今夜はちっちぇけど祭りもあるんだってさ。夜店もいくつかでるはずだから晩メシは

そこでゲットするってことで」

そう言いながら手に持った網袋から京が取り出したのは赤くツヤツヤしたトマト。手渡された

それはよく冷えていた。

「川の水、冷たくって気持ちイイぜ? 庵もこっち来いよ」

京が一段低い岩場に移って腰掛け、足首まで水につけると振り向いて手招く。庵は竿を置いて

それに従った。

隣に座って靴を脱ぎ、同じように水に足を浸すと全身に涼感が広がる。

「なっ? あー生き返るよなぁ、この冷たさ」

「そうだな」

「このトマトも味がいいぜ。よく冷えてるから更に美味い」

「・・・・・」

「なんだよ?」

二個目のトマトを袋からだして機嫌良く齧りついていた自分を見て庵がフッと笑ったのに気づ

き、京は片眉をわずかにピクリとさせて見返した。

「今、ガキだなーとか思ったろ?」

「そこまで深読みするなよ。今風の娯楽が無さ過ぎる所だとボヤいてたわりには目一杯楽しん

でいるなと思っただけだ。いいことだろう?」

「・・・・・おう」

一瞬決まり悪そうな顔をしたがすぐにニヤリと笑いごまかして、京はあたりの風景を眺め回し

ながら黙々と食べだす。

そしてシャクシャクとアッというまに二個目のトマトも食べた京が、庵の手元を見て最後の

一個を差し出したが。

「おれはもういい。おまえが食え」

「トマト、嫌いなのか?」

「いいや。美味かった。でも大きいやつだったからもう一個で十分だ」

「・・・ホントにいいんだな? まさかとは思うけどエンリョしてたりしねぇ?」

「ああ、しとらん」

「・・・・・じゃぁ、俺も遠慮なくもらっちまおうかな」

「もらっとけ。オレは別に食いたいものがある」

口の端をわずかに吊り上げ庵が立ち上がる。京もつられるように立ち上がり

「あン? 庵はなにが食いてーんだ? あ、肉が食いたきゃもっと山奥入ってクマでも探すか?」

冗談まじりに問いながら京がトマトを口にもっていこうとした。すると庵は

「オレが食いたいのは―」

とその手首を掴み止め、顔を近づけるとトマトをひと齧りして上目づかいに京を見つめた。

「庵?」

困惑に固まっている間にもそのまま手首は引っ張られ、庵に体を寄せる格好となって。

急に言葉を発しなくなったのを訝しく思いながらも引き寄せられるように自ら唇を重ねていった。

「・・・・・」

「・・・・・」

チュッとちいさな音をたてて離れていく唇をポーッと眺めて京がひと言―。

「トマト味だった」

と、言うと庵は苦笑した。

「色気のないキスだ」

「ま、ナチュラルキスってことで」

庵の肩をワハハと笑ってバンバンと叩いていた京だが、ふと剥き出しの肩口に頭を押し当てた。

「なぁ、おまえが食いたいのって「俺」、とか言う?」

「嫌か? おまえの意気も戻ってきたようだし、そろそろオレの楽しみにも付き合え」

ジワリと攻めるのはやめたのかいやにアッサリ誘いだす庵だった。

「・・・・・べつに、嫌じゃねぇんだけどな」

「嫌じゃないが・・・・、なんだ?」

京の首筋に唇を押し当て滑らせながら言葉の先を促す。と、

「トマト一個じゃオトせないぜ、ってコト。俺サマは」

などと不遜な笑顔と返事。

おのずと八神の血が騒ぐのを抑えながら庵も負けずに返した。

「他人はともかく、オレに対する生意気なその口はここにいる間に治してやらねばならんな」

「できるモンならやってみやがれっつーの」

「泣くハメになっても知らんぞ?」

「泣くか!」

顔に余裕の笑みを貼りつかせたまま睨み合った。

だがそれさえも心地良いと思えるのは、相手がおまえだからだ―――と互いに感じ合う。

そして。

いつもの「コミュニケーション」がようやく落ち着いたところで、また来た道を二人は肩を

肩を並べて歩き出す。



夏休みはまだ終わらない。





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■■■ 2001年残暑お見舞いノベル★
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ちょっとばかし京がネスツに攫われちゃったこともあったりした、その後あたりを意識して書き出してみた。
京にはもっとナーバスになってもらうハズだったのに、いつもとたいして変わらぬご様子。
カントリーなところに行っちゃってのどかに庵と過ごしてるしー。
まーそれでもいいんだいいんだ。結局庵と京がおしゃべりしてるところが書きたかったんだ。
庵んが釣りしてる(プッ)、なんてのも盛り込めたしネ。
・・・・・・・・・・・・・。
でもこの時、やっぱり炎は思うようにでない身になってるので、時々コッソリ庵のいない所
でナーバスになっていたと思ってくれたまい★(←ところが京ウォッチャーの庵は京の異変
に薄々カンづいていくっちゅーのがポイント)
このあと、思い描いたシーンを書き足そうと思ってたんだけど…メンゴ★(苦笑)