| 『 SICK・SICK・SICK 』 ここ3週間ばかり両家の2人の仲に対する疑惑の目がキビしくなってきたのと、 庵の属する バンドの活動が活発になってきたこともあって会えない日が続いていたある日のことである。 "風邪の要因になるようなことが続いたらしく、庵が体調を崩して寝込んでいるらしい。" 学校帰り、書店で暇をつぶしていた京に、いつだったか庵が出演したライブを見に行った 折りにひょんなことから知り合った「七枷」という逞しい体躯の男が声をかけてきて、 たわいない話をした後にそんなコトを聞かされた。 「へぇ〜、八神がね〜…なんとかのカクランってやつだな」 「んー…っつーか、オレはただでさえこの寒い時期に一人寝がこたえたとみたがねぇ〜。そう思わねぇ?」 「……なんだよ、それ?なんかおまえの言い方って時々含みがあるような気がするんだけど」 興味深げに自分を覗き込む七枷の視線をサラリと躱しながら京は七枷に時々感じていた 印象を言葉にしてみた。すると、 「ハハッ。気のせい気のせい。じゃ、オレはこれからダチと飲み歩きにいくんでな。またな、草薙」 と、七枷は豪快に笑い飛ばして京の肩をバンバン叩きながら店の外へと姿を消してしまった。 「……なんなんだ、あいつは…?」 あっけにとられた京は、だがすぐに何か思い付いたのか手にしていた雑誌を置 くと、 一路実家に向かってダッシュした。 一方その頃、庵はどうしていたかというと……。 <庵> 無色の夢に現れた幼少時代の京が笑って自分に手を差し出してどこかへ誘う。 庵は差し伸べられた手を掴もうとして、だがその瞬間覚醒した。 「………」 夢うつつの中をさ迷っていたらしい。 あの手をとった後どうなるのか興味を覚えて、すぐに寝入ればまた続きが見れ るかとも思ったが、喉の渇きと頭痛に現実に引き戻されてしまった。 ブラインドで陽光を遮断した部屋の中は午後だというのにうすら寒く、シンと 静まり返っている。 (ひとりの人間がいなくなるだけでこんなに殺風景になるものか…) ぼんやりと久しくここを訪れない彼を思う。 食欲はまったくないが水分だけはとらなければと体を起こそうとした庵だった が、あまりの寒気とだるさにあきらめ、またブランケットにくるまった。 それからしばらく断続して襲ってくる悪寒に耐えているうちに眠ったらしい。 残念ながら子供だった京はもう出てきてはくれなかったが。 日はすでにとっぷり暮れていた。 「………?」 ふとベッドサイドのダウンライトが付いているのを背中越しに感じて寝返りを 打った庵は驚きに目を見開いた。 「京!?」 すぐ目の前に京の顔があったのだ。思わず半身を起こしかけて傍らで横になって いる京を見下ろすと、京は笑顔を満面に湛えて自分を見上げてきた。 「風邪ひいたんだって? 今日七枷とバッタリ会ってさ、庵が体調崩してダウンしてるぞ、って 聞いたから見舞いに来たんだ」 "七枷"と聞いて庵が京に気取らせない程微妙にイヤな顔をした。 「気分は? だいぶ楽になっただろ? ほら、まだ寝てろって」 京が片腕を伸ばして庵の肩を掴み引き寄せようとするのを、庵も逆らわずにそれに 従い京の腕 に抱き込まれるカタチになる。幾度も抱いた体なのにこんなに温かく包み込まれるような感覚は はじめてのような気がした。 そう言われてみればどういうワケか体も気分も数時間前に比べればだいぶ良い。 「ああ。いつ来たんだ?」 「3時過ぎかな。部屋覗いたらおまえ丸まって震えてたから、寒いのかなぁーって…。 熱のせいだったんだな」 「そうか」 自分を温めるために添い寝してくれたらしい京を、離れていた時間の分まで 愛しむようにやんわりと抱き締めた。 「んで草薙一族に伝わる妙薬ってヤツ飲ませたんだ。風邪なんかすぐに治るぜ」 「ほう? …飲ませてくれたのか。ちゃんと覚えてなくて残念だ。もう一度飲ませてくれないか?」 そう言って庵が京の肩口に片頬をつけたまま喉の奥で小さく笑うと、京が軽く頭を小突いた。 「イテ」 「俺が来た時、寒いだの頭が割れそうだの水を飲ませてくれだの、青い顔してさ んざん駄々こねた クセにちょっと元気がでるとすぐこれだもんなー。いいか? 完全に回復するまでエッチなし!」 「駄々をこねた憶えはないが……それはあんまりな。また寒気がしてきた。温めてくれ、京」 京が着ているダンガリーシャツのボタンをいつのまに!という早業をもって外 してあった庵は、 言い終えるが早いか京の脇腹を撫でたり胸元にキスして誘ってみたのだが。 「こらこらーッ、いつのまに?! でも今日はダメッ。絶対ダメッ! したら燃やす!」 反応はこの通りで今日はどうやら落とせないらしい。 「久し振りの逢瀬だというのに口惜しいかぎりだ」 本調子でないのは確かであるし、京の断固とした拒否もあって 庵も今回ばかりは無理強いをやめて体を起こした。 「……スネない。そうだ。お粥ぐらいなら作るけど、食べれるか?」 「ああ。少しなら」 「んじゃ横になって待ってな」 じつのところ京自身、これ以上庵と触れ合っていると抑えがきかなくなりそうだった。 ドキドキしている鼓動を悟られまいとボタンを掛け直しながらホッとしつつベッドをおりた。 数十分後。 一昨日からろくに食べれていなかった庵は暖房を緩くきかせた部屋で、京なりに 工夫した らしい(少量の醤油をたらしたかつお節を混ぜてある)お粥を一杯とリンゴをひとかけら 食べて人心地ついていた。 そこへ小さな紙包みとカップを手にした京が入って来る。 「八神さん。お薬の時間ですよー」 ニコニコしている。 「楽しそうだな」 「そうか? ああ、コレもう一度飲んでそれから寝てよ。これがさっき言ってた草薙家 伝来の薬。 庵んトコに来る前に家に寄って持ってきたんだ」 ベッド脇で深緑色をした粉末を入れ、白湯を注いだカップを庵に差し出すと黙って受け取り、 口に持っていくがその匂いに庵は眉を寄せた。 「強烈だな」 「そうだろ。効くには効くんだけどニガ過ぎて…。俺はそれ飲むのがイヤで丈夫に育ったようなもんだよ」 「なるほど」 カクゴを決めたのか庵はグイっと一気に飲み干したが、脇にカップを置くと俯き、 片手で顔を覆って小さく唸った。 「俺はもう使うコトないから庵に全部やる。早く元気になれよ」 「治ったらメチャクチャに抱いてやるから楽しみにしていろ」 傍らでお気楽に笑う京に指の隙間から庵が思わせぶりな流し目を送る。 「この〜〜ッ! もう寝ろっちゅーの!!」 赤面した京が両肩を押してベッドに釘付けにしようとするのを引き寄せ、今度は京が 抱き込まれる体勢になった。 一瞬アセった京だが、庵はなにも仕掛けてはこなかった。目が合うと、 「おやすみのキスはしてくれんのか?」 「俺にうつそうってーの?」 「丈夫に育ったんだろう? キス程度ではうつせそうにない」 「まぁね」 「………」 見つめ合う。帰る頃合いだとお互い知りながら言い出さず、どちらからともなく指を絡めた。 「なんだよ?」 「なんでもない。もう寝る」 庵は目を閉じた。察するにどうも一人にされるのがおイヤらしい。 いつになく甘えた素振りをする庵を茶化さずに、京は引き結ばれた庵の唇と額に触れるだけ のキスをした。その後ちょっと上目になって考えるポーズをしていたが、 結論がでたらしくそのまま庵の横に滑り込む。 その気配に庵が目を開けて京を見た。 「京?」 「俺も眠たくなってきたからちょっと寝てくコトにした」 「いいのか?」 「ちょっとだけだからいーのッ。ほら、庵もはやく寝た寝た!」 ブランケットを庵の首まで引き上げてやると京はいったん解いていた指を再び絡ませニッと笑った。 「おやすみ」 寝つきがすこぶるいい京は程なくして寝入ってしまった。手を重ねたままで。 この分だと明日の朝まで起きそうにないが、だからといって起こす気にもなれない。 ようやく戻ってきた陽だまりを手放したくなかった。 あどけない寝顔に、昼間見た夢に現れた幼い京の面影が重なる。 差しだされた手を掴むことはできなかったが、今こうして温もりのある手に触れている。 自分に生きる為の熱を生み出させるかけがえのない存在がここにいる。 そっと抱き寄せて熱を感じる。 その心地よさに包まれながら、庵もまた穏やかな眠りに落ちていった。 戻 る |
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