| 「 secret word 」 アイボリー色の壁に取り付けられたダウンライトが灯る室内。 静寂を破るように来訪を告げるチャイムが鳴った。この時間この部屋を訪れる者はひとりだ。 さして反応する訳でもなく、音量を消したワイドテレビに流れるモノクロの洋画を無感動に眺め ながら庵がグラスを傾けていると、程なくしてドアが開き白いダッフルコート姿の京が現れた。 「なんだよ、ヒマそーじゃん?ひとりで浸っちゃって。紅丸から電話いったろー?」 確かに夕刻、「京の誕生日祝いも兼ねて久し振りに皆で飲まないか?」との 珍しい誘いを受 けていたが。 「…ご機嫌だな、京」 「そりゃぁもう、ご馳走される身としてはだな…って、それはいいからおまえ、今夜の主役が 直々に迎えに来たんだからさ〜」 「あいにくとこうして静かに飲むのが好きなんでな」 とりつくシマもない。が、京もあきらめない。 「ちぇッ。懐かしいメンツも揃ったコトだし、店変えて飲むコトになったんだよ。なぁ、行かねェ? こっからそう遠くないし」 言いながら庵の隣にドカッと腰を下ろすと一緒になって画面を眺めだした。 「おい。二階堂達を待たせてるんじゃないのか?」 「……先に始めててくれって言ってあるから少し位ならいい」 「…待ってても俺は出掛ける気はないぞ」 その言葉に京がガックリうな垂れてみせるがすぐに気を取りなおしたように顔を上げる。 「オレ、今日誕生日なんスけど?」 「それがどうした? 俺にクラッカーでも鳴らして祝ってほしいのか?」 「いや、おまえにそこまでしてもらえるとは思ってないけど、ね…」 それ以上はお互い何も言わずになんとなくの映画鑑賞となった。場面はレトロ調のセットをバッ クにしてヒロインが男から熱い愛の告白をされている。戸惑いから至福の笑みに変わっていく ヒロインの様を黙って見ていた京だが、エンド・タイトルが流れ始めた頃、 待っていたかのように庵 の横顔を見て口を開いた。 「なぁ、庵」 「……」 「俺のどこが好きなの?」 「……ずいぶんといきなりだな。映画に感化されたか?」 イヤそうに庵が京をチラリと見返す。 「だって、聞きてぇんだもん。そういやおまえから「好きだ」「愛してる」な言葉もらったことないじゃん。 今日は<京サマ誕生日>っていう特別の日だから言ってみない? そしたら無理に引っ張ってくのやめる」 「……駄々っ子め」 庵がグラスを置いてユラリと立ち上がる。テレビのスイッチを切り、開け放っていた窓を閉めて しばらく外を見ていたが、何か思い付いたようにクルリと京に向き直った。 「な、なんだよ?」 月を背に立つ庵の姿に体の奥からゾクゾクとした感覚が湧き起こり、京は魅入られたように動きを止めた。 「来い」 まるで見えない糸に引かれるように庵に引き寄せられる。スラリとした指が京の顎を捕らえると もう一方の手が京のコートの留め具を外して足元に落とした。庵は首筋を晒させるように反らせ、 そこに跡を残すようなキスをした。 「やっ……そんなに強く・・」 口づけから逃れようと抗い始めた京の両耳を塞ぐように手を置きひき寄せると庵は唇を奪い、舌を 絡め合う淫猥な音を響かせて京の中のパトスに揺さぶりをかける。 京は庵の部屋を訪れる前に飲んできたアルコールも手伝ってか、ほどなくして庵の手中に落ち、 その腕の中で小さく甘い吐息をつきはじめていた。そんな京を抱きすくめていた庵が耳元に口を寄せ、 ある提案を囁く。 「最後まで意識を保てたら一度だけ言ってやるが?」 「…………!」 ポーッとその言葉を反芻していた京だが、庵の口元に浮かんだ意味深な笑みに やっと何を言わん としているかを悟る。 「どうする、京?」 「…………・」 京が視線をさ迷わせていると、かすかに携帯の呼び出し音が鳴った。 「…あ、きっと紅丸だ…」 我に返った京がしゃがみこみ足元のコートのポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して みれば相手は案の定紅丸だった。京が来るのが遅いので業を煮やして掛けてきたのだ。 これから という時に無粋な携帯電話にくじかれたコトに眉をひそめつつも、庵は京を背後から抱きしめ、 シャツの中へ手を差し入れて肌の感触を楽しんだ。 「ゴメン。いや居たには居たんだけど…・うん…そうなんだ…アッ・・・・ンッ」 京もそのぐらいはと好きにさせていたが、不意に胸の赤い尖りを爪先で掻かれて思わず身を丸める。 すぐにキッと肩越しに背後の庵を睨むが、 「俺の口から聞きたい言葉があるのだろう?」 耳朶を食むように囁かれる言葉にクラリとくる。この声は毒だ。体もモラルも麻痺させられてしまう。 京が頷くのを見て庵は京の手に握られている携帯を取った。 「すまんな、二階堂。京をそっちへ戻すのは止めだ。あとは適当に楽しんでくれ。じゃあな」 紅丸がなにか喚いているようだったが無視して切るともう用なしとばかりに電源をも切ってソファーの 上に放り投げ、神妙な顔をして自分を見つめている京に「続きはベッドで」と促すようにその背中を押した。 その後の展開は察しのとおり。 毎度の如く、さんざん庵に翻弄されるコトになった京だったが、いつもならとうにブラックアウトしている であろう頃になっても庵の名を呼んでかろうじて意識を繋いでいた。 あともう少し、なのである。が、相手はあの八神庵だ。 「がんばるじゃないか」 動きを止め、優しげに声を掛けながら頬から首筋、そして脇腹へと撫でるように手を這わせながらキ スを落とし、京の強がりを解かしていく。そうしていくうちに京が気を許したのを感じると 酷薄な笑みへとガラリと変わり 「だが勝たすワケにはいかんのでな…」 と言うや否や腰が引けないように京の体を強くベッドに押し付けたまま抉るように深く突き上げ、 京は非難の声のかわりに艶のある小さな悲鳴を上げて陥落させられてしまったのだった。 空が白み始めていた。 京の寝顔を傍らで肩肘をついて見下ろしていた庵が京の髪を梳くように撫でる。 「残念だったな、京」 それは、京が庵の口から望んだ言葉をもらえなかったことに対してか、それとも……。 想いを吹き込むかのようなそんな口付けをされたことを、眠る京は知らない。 Fin -------------------------------------------------------------------------------- 戻 る |
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