『 MELTY KISS RETURNS 』 日曜日の昼下がり。 「さて。はじめますか」 京は、ずっと読みふけっていたページを開いたままテーブルに置くと立ち上がり、 シャツの袖を捲り上げた。庵は京が起き出す前に出掛けてしまって夜まで帰って こないはずだが、なにせ思い立ってから必要なモノをとり揃えたりするのに時間が かかってしまい、しかも初挑戦なのでどのぐらいで出来るものなのか見当が付かない。 そのテーブルの上には他に薄力粉・バター・卵・グラニュー糖・生クリームその他諸々 の材料と泡立て器や型などの器具がところ狭しと並べられている。 これからケーキを焼くのだ。 なぜ"ケーキ作り"に挑戦するハメになったかは明白である。 そう。 明日は"バレンタインデー"。 庵はテレビとかでこのテの騒ぎを目にしては冷めた表情で「くだらん」と言い捨てる くせに京からもらえるのはまんざらでもないらしい。昨夜もベッドの中で 「たまには甘いものもいいかもしれんな…」などと耳元でほざかれてしまった京である。 「なんで俺が?」なんて自問しながらも京は暗示? にかかったように、まだけだるくて 眠っていたい自分にムチ打って朝から大手デパートの地下を訪れていた。 が、目の前に繰り広がるカラフルな戦場に身を投じてみたものの、場違いだと言わん ばかりの不審な視線に加えて、その場のかしましさと漂う熱気の前に脆くも暗示? の 効力は薄れてしまい、 「だめだ…。俺には買えねー。許せ、庵」 と、早々に戦線離脱してしまった。 ……ではどうするか? ポクポクポクポク、と、とんち小僧のごとく考えを巡らせながらなんとなくエスカレーターに 乗り、なんとなく書籍フロアに立ち寄った京の目の前にズラリと並んでいたのは、フルカラー のお菓子作りに関する本の山。 「………」 同い年ぐらいだろうの女性や女子高生ばかりが目立つコーナーだったが、美味しそうな 表紙にちょっと見てみたくなって、数ある中から最初に目についた本を手にとる。 タイトルは『はじめてのお菓子づくり』。 (おおっ♪) めくってもめくってもそれはキレイでおいしそうな焼き菓子たちに、特に甘党というワケでも ないがワクワクしてしまう。 そして…『バレンタインにはうってつけ!ガトーショコラ★』のページで手を止めた京は、大まか ではあるがレシピの部分まで読み「作ってみるか、な?」と、そんな気分になったのだった。 *********************** あと30分足らずで日付が変るという頃。 外出先から戻ってきた庵は玄関に入った途端、かすかだが室内に漂う焼き菓子独特の甘い 匂いに怪訝な顔になった。 「なんだ?」 真っ先に匂いの根源であろうキッチンを覗くがテーブルの上はおろかシンクまわりも綺麗なものだ。 続いてリビングに入ると、体を丸めるようにしてソファーでうたた寝している京を見つけた。 付けっぱなしのテレビを消すと、コートを着たまま京の頭の横に腰掛ける。 「こんなところで寝ると風邪をひくぞ」 「………」 「こら、起きんか」 肩を揺さ振るとようやく身じろいだ。 「…ん…にゃ……おかえり」 「ネコか、おまえは…」 小さく笑ってその髪をクシャクシャっとして撫でてやると、京はそれが気に入ったのかズリズリと 体を動かして庵の膝に頭をのせてくる。 「おい。京」 「もう少しいいじゃん…」 甘えられているのかただ単に起きたくないのかイマイチ分からないが、心情的にはやはり前者で あってほしいと思う。しかしこのままいるワケにもいかず、庵は京の頭から体をズラすと立ち上がって 京を抱き上げようとして動きを止めた。 「………?」 また鼻腔をくすぐる甘い匂い。京の胸元に顔を近づけクン、と嗅ぐ。 (ああ…もしかして) ようやく京の身にも染みついた甘い匂いで思い当たる。フッと笑みが零れた。 「京、出来映えのほうはどうだ?」 そのセリフにパチッと京が目を開けて庵を見上げた。 「ちぇ。もうバレたか…。明日まで気づかれないように片付けもカンペキにしたのに」 「甘い匂いだけは消せなかったようだな」 「匂い?」 京がキョトンとしている。 「ああ。作ってる当人はあんまり気づかないもんだからな。でも玄関まで匂ってたぞ」 「ふ〜ん。ま、いっか……明日な」 満足のいく出来だったようで、「くくくっ」と笑う京を見れば聞くまでもないだろう。 その時リビングの置き時計が小さく鳴った。 14日になったのだ。 2人は顔を見合わせる。 「さて。バレンタインデーになったが、おまえの力作のお披露目は?」 庵が京の腕を引いて抱き寄せる。 「んー…まだダメ。朝になったらね。今夜はもう寝ないと」 素直にその腕の中におさまったようにみせかけて…、チュッ、と京が不意打ちのキスをした。 「…!」 わずかながら驚いたように自分を見る庵の顔に、京は茶目っ気たっぷりな笑顔になる。 「おやすみのキスだよ」 「気になって眠れなくなるじゃないか」 苦笑する庵。 「ダーメ」 「じゃぁ朝まで付き合ってもらおう。労もねぎらってやらんとな」 「え…? あ、ちょッと待った…ッ…ん……ンン〜〜〜」 たまに気まぐれで京がしかける悪戯なキスではまだ及びもつかない庵のキス。 京の口の中を十分に堪能して唇を離すと、庵は赤くなって自分にしがみつく京の顎を 持ち上げて低く囁いた。 「今夜のおまえは特に甘いだろうな」 京の自信作『ガトーショコラ』が庵の前に置かれるのはまだ先になりそうだ。 戻 る |
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