『メビウスのコイビト達』




(カルシウムが足りないのかもしれない)

庵が出演するライブに付いていって打ち上げなどにも顔をだすようになったのは今夜がはじめてじゃない。

同席している熱烈ファンの女や仲間達とシニカルな笑いを浮かべつつ和やかに会話しているのを

傍で眺めているのだって、いつものことなのに…。

そういうのが、今夜はなんかおもしろくなかった。イライラする。

出会った瞬間からいつも京、京、京と、まるで飢えているかのように求めてきたくせに。

(オレがこんなに近くにいるってーのになに悠長にしてんだ、おまえはよ!)

「草薙く〜ん、そこのおつまみ欲しいんだけどぉ〜〜〜」

「…ああコレ? はいどうぞ」
 
愛想よく手渡してやったものの内心はムカついている。同じモンがすぐそばにあるじゃねーか。

(この間延びオンナ! 庵に寄り掛かりたくてワザとこっち側のつまみ欲しがりやがったな!)

チラリと渡し際に庵の顔をうかがってみたけど別にどうってことないって顔だ。

(ああ、イラつく。牛乳飲みてー…)

心の中で何度目かの溜め息を吐いた。

それから一時間ほどして宴はおひらきとなり、店を出て表面上は皆とにこやかに別れ、

やっと庵と2人きりになった。

「今夜は気がノらないって顔してたな」

並んで歩きながら庵が言った。

(…気づいてないようで気づいてたんじゃねーか)

「……」

黙って視線を泳がしてる間に庵が手をあげて合図を送ると、

一台のタクシーが滑り込むように目の前にやってきて、ドアを開く。

「京」

庵が振り返った。

そこから動かないオレに、庵は怪訝な顔をしつつも腕を引こうと触れてきた。

「どうした。乗るぞ」

ぷちっ。

この瞬間、イライラが静かに頂点に達したらしい。

庵の手を払って、思いもしなかった言葉が口をついて出た。

「なぁ庵、おまえオレのことすっかり手に入れたって安心してるだろ?」

「? 何を言い出すかと思えば…。こんなところで絡むな」

「どうなんだよ? 答えろよ」

「…さぁ、どうだろうな」

唐突に何を言い出すかな、コイツは…ってな顔をしながら、庵はちょっと間を置いて返事をしてきた。

ああっ! 今、これ以上口きいたらファイトをしかけてしまうかもしれん! 

こらえろ俺! …ってことで。

「いいや、オレ。トレーニングがてら走って帰るからさ。じゃーなっ」

にっこり笑って、何か言いかけた庵の唇に掠めるようなキスをしてやってから、

ダッシュしてその場から逃亡した。

うしろで庵が俺の名を呼んでいたけれど、ムシして少しご無沙汰の自分の部屋へ―。





しかし、だ。

部屋まで猛ダッシュして帰ってきたはいいが、ミョーに目が冴えてしまって眠れない。

らしくもない言動をしてしまって自己嫌悪に陥りつつあるから一刻も早く眠りたいのに。

ひとり勝手にイラついて当たってしまった。

最近自分が庵のそばにいることが当たり前になってしまったコトになんとなく

突発的に反発したくなったのだ。

(庵の奴、あれじゃぁ気ィ悪くしたよな……どーしようかな…)

天井の一点を睨む。

"オレのことすっかり手に入れたって安心してるだろ?" 

さっき庵に投げつけた言葉をふと思い出す。

「そうじゃない」

(俺はおまえとの間に距離ができるのが恐いのかもしれない。

だから俺が横にいるってのに、他の連中に意識が向いちまってるおまえを見てたら不安になって…。

それで腹立てちまった…と)
 
理不尽な憎悪を向けられた上に、無理矢理体を繋げられて始まった関係だったのに。

叩き伏してもあまりあるその男・八神庵と自分は、幾度かのぶつかり合いの末に

情を交わし合う仲になってしまったのだ。

しかもいつしか庵の渇望の対象であり続けたい、

独占されいと願っている自分に気がついて苦笑いが浮かぶ。
                           
「オレ、精神やばくなってきたかも…。感染しちまったかな」

そんなことを考えてるうちに深夜番組も終わり、ザーッというテレビのノイズが

耳障りになって電源を切った。次に部屋の電気も消して目を閉じる。

「………」

けれど5分とたたぬうちにムックリと起き上がると、

指先が覚えている携帯電話の番号を押していた。

5回コールして駄目ならあきらめるつもりで。

コールは5回目でつながった。

<………>
 
「あ、……寝てたよな。悪いとは思ったんだけど…さ」

<……> 

「あの、さ、…」
 
<眠れんのか?>

「ん? んー、ちょっと…」

言葉をにごしながらも別れ際のことをひとまず謝っておこうと切り出した京の声を、庵の声が遮った。

<ひとりでは眠れない体になったんじゃないか? 早く帰って来い>

ちょっと揶揄を含んだ声だ。

(実家に帰った女房を呼び戻すような言い方だな。おい…)

なんかシャクに感じる一方で、いつも通りの声音にホッとして余裕ができた。

「もうパジャマに着替えたからヤダね」

 <なら部屋を暗くして横になってればそのうち眠くなるだろう> 

「してるけど退屈だ」
 
<ガキみたいなワガママをいうな。…で? 俺にどうしろというんだ?>

「童話でも日本昔話でもいいからなんかお話してくれ、八神先生」

<…そのまま寝ろ>

電話の向こうで、「俺までも目が冴えてしまった」と庵が呟いているのを聞いて、

してやったりとばかりに笑ってやる。

<気は済んだか?>

「…ああ。おやすみ庵」

<俺の夢でも見て眠れ>
 
「でてきたら大蛇薙ぎで払ってやる」
                         
受話器を置く頃にはイライラも解消されて、京は今度こそおとなしくタオルケットをかぶったのだった。



それから30分後のことである。

部屋のチャイムが鳴った。

その前に、アパートメントの前に止まった車のエンジン音は聞きなれたものだったから、

誰が来たかは分かっていた。なので

「やっと寝入りかけてたところなんだぜ」
      
ドアを開け、訪問者に開口一番に言ってやる。

やれやれといった口調で言ったのだが、すでに顔が綻んでいたらしい。

「嘘をつけ。期待してただろう?」
 
「してたよ」

あっさり白状した。

眠たげな表情を一変させ、ニヤリと笑みを浮かべると、今度は庵のほうがやれやれといった顔になる。

「絡まれて逃げられた揚げ句に寝入りばなを起こされて、おまえの不眠に付き合ってやった俺にそれはないだろう」

「だから、悪かったよ」

今回は分が悪すぎるし、とっとと謝ってしまおう、という気になった。

庵が一瞬意外そうな目で見つめてくる。すると

「機嫌はなおったようだが。やはりおまえがご機嫌ナナメだった理由を聞かせてもらおうか」

ドアの内側に身を滑り込ませてきたかと思うと、庵がグッと顔を寄せてきて、

覗き込むようなカタチで低く囁いてきた。

「おまえの部屋でゆっくりとな」



2人並んで横たわるのはとても無理そうなサイズの簡素なパイプベッドが軋みをあげる。

くちづけの狭間で、愛撫の中で、優しく促されて心の内を晒した京を庵は抱いた。

「…ふっ……く…うッ…」

「そう締めつけるな。せがまなくてもいくらでもくれてやる」
 
「…ちが・・う…もういい加減に…抜け…って…んんッ」

劣情を放って萎えた庵の牡が抜かれることなく、また身の内で脈打ちだすのを感じて京は身じろいだ。

だが、のしかかる庵に両腕をシーツに縫いとめられる。

庵は強く腰を押し付けたかと思うとゆるゆると動きだした。

「ィ…やっ…・ん・・」

庵が唇を噛んで顔を背ける京の胸にくちづける。

赤く熟れた実に軽く歯をたてて扱かれると、京は背をしならせ体を震わせた。

「感じてるくせになにを堪えてるんだオマエは」

「ここ…安普請な…んだから…隣に……聞こえちま・・う・・からもうっ」

息を乱しながらも京はなんとか庵に許しを乞うが、

それが逆に庵を楽しませる結果になるのだということにまで気を回す余裕はないらしい。

「なるほど、そういうことか…だがこんなもんじゃおまえは満たされんだろう。

それに俺のおまえに対する執着を侮った罰もある」

「……あっ!!」

自分の中の質量が増していくのに京が上ずった声をちいさく放った。

「いおり……ぃっ…だめ…」

「まったくこっちの気も知らずに……かわいい反抗期だ」

今宵の京の告白は自分の奥底にくすぶる凶悪な独占欲を疼かせる。

けれど求めるがままに京に触れたらきっと壊してしまう。

「そのいじらしさに報いてやるさ。俺の熱を鎮めてもらおうか、京」

かすかに頭を振りながら見上げてくる京の潤んだ目と庵の琥珀色の目が合った
 
刹那、京を封じていた手がより深く繋がる為に京の腰に回された。


三日月の下、熱のこもった甘い吐息と濡れた音は止むことなく―……。






                          (2000.5.13.up)




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