お題:『 魔法使い 』 大陸の東側で栄えるヤマタノオロチという大国には、ヤサカニという蒼 の爆炎を操る若き王がおりました。 王という地位と富のみならず、強い魔力を持つこの王に媚びる者は後を 絶たず、最近では彼のお気に入りになろうと、とにかく金銀財宝、とき には見目麗しい人間をも献上しに訪れる他国の商人や権力者が連日のよ うに彼の元へ訪れるようになっていったのです。 そんなある日、ヤサカニのもとにゲーニッツという奴隷商人がやってき て、青年を一人、王に差し出しました。 奴隷商人の名はゲーニッツ。連れてこられた青年の名は京といい、ゲー ニッツの話によれば、京は紅蓮の炎を持っていて、どうやらクサナギ王 家の血筋だというのです。 ゲーニッツの言葉に、ヤサカニは眼光を鋭くしました。 クサナギといえば、いにしえよりヤマタノオロチ王家と対をなす仲であっ たものの、意を違えたことで先王の代に討ち滅ぼされた王家。 しかし、京がクサナギ王家の血筋の者だというのが本当であれば、あの 時以来失われた鍵を手に入れたも同然と思ったからです。 ―失われた鍵とは、ヤマタノオロチとクサナギ両王家の血筋の炎。 王宮の奥深く閉ざされたままの扉の向こうに隠された「宝珠」を手に入 れる為には、それが必要でした。 結局その場で紅蓮の炎を見ることはできなかったヤサカニであったので すが、京の内腿の付け根にクサナギ王家の継承者だけに浮き上がると われた紋章を見つけだした王は京を破格の値で買い取り、自分の意に従 わそうとしました。けれど、どんなに王や側近達に「紅蓮の炎をだして みせろ」と執拗に迫られても、京は頑としてそれを拒み続け、やがて 監視の目を逃れてヤサカニの王宮から逃亡したのでした。 めでたしめでたし。 ……では、ありません。 上質の絹で織られた白い夜着を着たヤサカニは、目の前にやってきた臣下が 片膝をつき、うやうやしく自分に頭を下げるのを玉座から見下ろしていた。 紫色をおびた髪と同色の瞳。 冷ややかな雰囲気を纏わせたヤサカニが口を開いた。 「まだ見つからないのか?」 「申し訳ありません。しかし、薬の効果でそうは動き回れぬはず。じきに連れ 戻せましょう」 主君の不機嫌な声音に身を強張らせながらも、臣下は顔を上げて気丈に答えた。 「ならばよいがな。なんとしても見つけだして私の元に連れてこい。だが傷は つけるな」 「はっ。かしこまりました!」 足早に臣下が出て行った後、王はバルコニーに出て、暗い城下を見渡した。 口の端にはいつしか邪悪な笑みが浮かんでいる。 「クックック…。うまく逃げ出したご褒美に、すこしだけ自由にさせてやる。 せいぜい追われるスリルを楽しむがいい。そのうちわたし自らが迎えに行って やる。決して逃がしはせんぞ。京」 その頃。京は半裸姿のまま、乾いた石畳の上に行き倒れていた。 一刻も早くこの地を離れなければならないというのに、体はもとより 意識さえじわりと痺れてきて、どうにも動けない。 このままでは追っ手に見つかるのも時間の問題、という状況である。 (もう、どうにでもなれ) 京は投げやりな気分になっていた。 見ようとすればするほどぐにゃりと揺れて、歪(いびつ)になる視界。 石畳についた右耳は、複数の靴音と犬の鳴き声を捉えていた。 (― まずいな。こっちに来る…) 「くそぉ…。来るなら来いってんだ。こうなったらここで…死んでやる!」 思いつめた目で、唸るように呟く。と、 「人の家の軒先で大迷惑なことだ」 いきなり、低く不機嫌そうな声が真上から落ちてきた。 「?!?!」 降って沸いたような人の気配。霞む目を凝らして見上げてみると、 フードを目深に被った黒マント姿の男が目の前に立っていた。 「だれ…だ?」 「その家の持ち主だ。どいてもらおうか。おまえが邪魔で家に入れない」 「…あー…そうですか。それは悪うございましたね」 戸惑いや驚きもしなければ、一体何事だ? の一言もない。状況を まったく読まない男だと、京は内心苛立ったが、今、頼みの綱はこ の男しかないと踏んで声を振り絞った。 「頼む。今だけでも匿ってくれないか? 悪いヤツらに追われてるんだ」 「断る」 間髪おかず、無情な言葉が返されてきた。 「………」 京は目を見開いて一瞬押し黙った。が、 「即答かよ…。なんて冷血漢だ。死んだらこの家もろとも、おまえを呪ってやる!」 怒りのあまり、よろめきながらもその反動で立ち上がることに成功して。 京は目の前にいる男にぶつかるように詰め寄り、胸倉を掴んで睨み上げる。 「怒りの矛先をオレに向けるな。それに大声をだすとまずいんじゃないのか? …おい、どうした?」 揺さぶられた拍子にフードがパサリと後ろに落ちて男の顔が露わに なると、京の様子が一変した。 「なっ!! なんでテメーがここにいるんだ?!」 京はみるみるうちに狼狽し、男の胸倉を掴んでいた手を離して身構えた。 「ちくしょう! おまえの好きなようにはさせねーからなッ!」 「? なにを言っている? オレを知っているのか? 貴様は誰だ?」 「うるせぇ…ッ。お、おれに触んな…っ」 「おい。…?」 「寄るなって言ってんだ…俺に触るな。嫌だッ!」 うろたえ、一歩、二歩と後ずさり、背後の扉に行き当たると、京は再び 力を失って扉に背をつけたままずるずると座り込み、「もう消えちまい たい」と呟くと、そのまま気を失ってしまった。 「………」 男はその様子をじっと見たまま何か考えているようだったが、後方の道 角まで迫った複数の足音を耳にすると、溜め息をひとつついて京の前に しゃがみ込み、その顎に手をかけて仰向かせた。 薄く開いた口唇に己の唇を重ねながら、ぐったりした体を黒いマントに 包むようにして抱き込んでゆく。 一方的な口づけは、そっと何かを吹き込むように、深く長いものだった。 「来たか」 男が立ち上がったのと、背後に物々しい雰囲気を纏った男達が警備犬を 連れて駆けつけてきたのとは、ほぼ同時だった。 「きさま。こんな真夜中にそこで何をしている?」 背後を取り囲むようにして立った男達のうち、一人が神経質そうな声音 で質問を投げかけた。 「何をしていようがオレの勝手だろう。ここはオレの家で、たった今、 仕事から帰ってきたところだ」 男は威圧的に自分を取り囲む男達をチラリと見やると、不遜に答える。 「おいッ。なんだその反抗的な態度は? 我々は王宮の…」 「よせよせ」 男の態度に憤慨し、声を荒げながら近寄ろうとした部下の肩を、隊長ら しき男が制した。 「いや、しかしこんな夜更けにこの男、あやしいですよ。ちゃんと尋問 しておいたほうがよろしいのでは?」 「必要ない」 「なぜです、隊長?」 「すまんなぁ、ヤガミ。こいつはまだおれの下に配属されてまだ間も ないモンでね。大目に見てやってくれ。ところで、この付近で黒髪の 若者を見かけなかったか?」 「いいや」 「ほんとうに? なにも?」 「くどいぞ」 「…わかった。この場は退いてやる。だがな、ひとつ気になる点がある。 ヤガミ、こっちを向いてくんねぇかな? どうもおれには、おまえがマント で何かを覆い隠しているように見えるんでね。一応、確認はさせてもらうぜ」 「ほぉ。目ざといな。さすがは王族直属の警護隊長を長く任されるだけの ことはある。ただ、隠しているように見られたのは、これだが」 「ヤガミ」と呼ばれた男はマントを開き、胸に抱いた一匹の黒猫を男達に見せた。 黒猫は眠っているようで、ぴくりとも動かない。 「黒猫…」 「仕事帰りに拾ったのさ。質がよければ使い魔にでもしようと思ってな」 男達が連れている犬が鼻を鳴らして、そわそわ動きだす。その横で、ヤガミ の素性を知るらしい男は、怪訝な顔つきでヤガミと黒猫を交互に見た。 「孤高の大魔法使い殿が、ただの野良猫をねぇ…。なんの気まぐれなんだか」 口元をかすかに緩ませ、警備隊長は詮索するような視線を投げかけるが、 ヤガミの表情や態度に変化はない。 「退屈しのぎにしばらく飼ってみるのも面白そうだ。―貴様達の探しもので なくて残念だったな、ヤシロ隊長殿」 なにげなく答えながらも八神の目に剣呑な光が一瞬煌いたのを見て、男は この場に居続けることを諦めた。 「その猫、おまえに拾われたのが幸運となるといいがな。また見に来てやる。 ―おい、他を探すぞ」 後ろを顧みずさっさと歩きだした隊長に、部下達もあわてて付き従った。 「え? ちょっと、ホントにいいんですか? 隊長」 「そうですよ。犬もここら辺りで反応してますよ?」 「あのヤガミとかいう男、魔法使いなんですか。なにも知らぬ存ぜぬといった 顔をしてましたが、オレはどうもひっかかります」 「隊長はあの男を知っているんですか? 大魔法使いって言ってましたが、 そんなスゴイ奴なんですか?」 若い部下の数名は、口々に不満を漏らした。 「隊長」と呼ばれた男は、ヤガミがいた場所からだいぶ離れた場所まで来ると ようやく足を止め、渋面で部下達に向き直った。 「マントの下に抱き隠していたのは人間でなく、どう見てもただの黒猫だった ろうが。あまりあの魔法使いの機嫌を損なわせるな。いろいろと厄介なんだ、 あの魔法使いは」 なにか恐ろしい記憶でも思い出しているかのような目つきで答える隊長の様子に、 部下達は不思議そうに 顔を見合わせた。 もうすぐ昼にもなろうという時刻だというのに、ヤガミはまだ起きてこようとしない。 焦れに焦れた京はヤガミの寝室に入ると、ピョンと枕元に飛び乗った。 ヤガミに拾われたあの夜以来、京はほとんど黒猫から人の姿には戻れぬまま、ヤガミ の元で飼われて…もとい、暮らしていた。 町の中にはあいかわらず王宮の追跡者が数人放たれていたが、 まさか京が黒猫の姿に されているとは思いもしないらしく、足下を通り抜けようが全然あやしまれない。 結局、あの夜助けてくれたことになるヤガミの元に居つくことになって、いちおう、 平和な毎日である。 「ヤガミ。いいかげんに起きろってば。俺、腹へったの。なんか作ってくれ」 「………」 反応なし。じつによく眠っている。 京はちっとも起きてくれようとしないヤガミの右頬を、 ピンク色の肉球でぷにぷに 押して覚醒を促した。 「ヤーガーミ、こら、ヤガミ。…おーい。ヤガミ大魔法使い様ってばー!」 「……ウルサイ。なんだ?」 「だから腹ペコなの! 猫のまんまじゃ、なにか作ろうにも出来ないってーのよ。 だから、なんか美味い物作ってくれ」 「おれはまだお疲れだ。もうすこし我慢しろ」 「あ、コラ、また寝るな。……それからさ、あと、いい加減におれをちゃんと人間の 姿に戻してくんねーかな。そろそろ国に戻んなきゃ」 「……国に戻るだと?」 枕に伏せていた顔を上げ、ただでさえ鋭い眼光をもつヤガミの目が、じろりと京を見た。 「お、おう」 「許さん」 「…は?」 ヤガミはむくりと起き上がると、猫京の両脇に手を差し入れて抱き上げ、自分の目の 高さに持ち上げた。 「おまえはオレの使い魔になったんだ。オレの許しなく傍を離れるのは許さん」 「…なッ、なんじゃそりゃーッ!? 馬鹿言うな! とにかくオレの体、元に戻せ!」 「おまえの身の為でもあるんだぞ。オレの傍にいればあの強欲王の魔力は及ばない。 それに、体も一時的にとはいえ、戻してやってるだろうに」 ヤガミがニヤリと笑い、猫京のふさふさの胸元を扇情的にひと撫でして囁く。と、猫京 の語気が弱くなった。 「でも…一時的に戻すのって…その…おまえと…エチする時とかばっかじゃん…」 「もっと時間をかけて可愛がってほしいのか?」 「そ、そーゆーこと言ってんじゃ、ねーのッ!」 「近くでそんな大声をだすんじゃない。オレは疲れてるんだ。もう少し寝かせろ。その かわり、今少しだけ元の姿に戻してやるから、先に何か食べておけ」 言い終わらないうちに、ヤガミは逃げようともがいている猫姿の京を抱き込むように ベッドシーツに包まった。 中ではしばらくヤガミと京の攻防戦が続いたようだが、数分後に聞こえてきた京の声音 からすると、またしてもヤガミに軍配があがったのは言うまでもない。 ◆ まぁ勢いだけで書いてるので、いろいろ省いてってますが、こんな感じでひとまず ◆ ヤサカニは紫庵ってところかな。この人も赤庵同様、京にご執心なので、この先絶対京を見つけだすのよ。 それで赤庵さんが京を奪われまいと暴れる中でチョイと不覚をとって(お約束1)、赤庵の命乞いをする京 は自ら紫庵の手中に落ちるのよ(お約束2)。で、回復途中で赤庵は京を奪い返すために紫庵と京のいる魔城 へと乗り込んでいくんだNE!(お約束3) (補足説明) 京が人間の姿に戻るには、呪いをかけた術者、ヤガミとのラブエチが鍵なんざますー。(お約束4:笑) 戻 る |