お題:「着物」
あたりにはすっかり夜の帳がおりて。
華街は、いそいそと大門をくぐって訪れる男達を前に艶めき、活気づきだす。
それぞれの張見世には、競うように着飾った遊女達。
遊郭 紅華楼の色子・京も、その夜は薄紅色の地に小桜を散らした着物姿で張見世にでていた。
最近、意気の良さに加えて妙に男心をくすぐる色気がでてきたと、密かに巷の評判がいいのだが。
当人ときたら相変わらず強気で好き嫌いが激しい上、近頃ではなにやら凄味のある色男と懇ろに
なっており、なかなか言い寄る隙がないとある意味、高嶺の花になっている。
今宵も張り見世の端を、裾を割り片膝をたてた格好で陣取ってはいたが、ご機嫌斜めな気配を
隠そうともせず、ただ朱塗り格子に寄り掛かって通りを眺めていた。
時折、察しの悪い男が誘いの声をかけてきたりもするが、京は素気無く、ひややかに追い払う。
こうした場所に居ても、京の心を占めるのは唯一人だった。
それは、八神庵という名の無頼漢である。
ひょんなことから関わって、自分を退屈させない男だと冗談半分・興味半分で誘ったりしている
うちに…どうやら本気で惚れちゃったらしい。
「……」
(あんにゃろう。とっとと仕事すませて、またすぐ来てやるっつったのに…!)
むむむ、と、不機嫌さの度合いをあらわす新たなるタテジワが、眉間に現れる。
(あれからちっとも姿見せねーじゃんよ!!)
誰が何と言おうとも、表向きは平静を装っているつもりだが、思わず作った拳を震わしてしまう京だった。
しかし、そうかと思えばすぐに切ない溜め息をひとつついて目を伏せる。
(…無事でいてくれりゃいいけどな。こうも待たされると…。さすがに不安になる)
妖魔さえ一刀両断にする八神の腕を知って彼の元を訪れる口入屋の仕事内容は、大半が異形絡みだ。
八神は命の危険も顧みず、とにかく代価の高い仕事を選んでいるらしい。
京がその理由に気づかぬはずはない。
八神が京をできるだけ己の手元に置いたまま身請けするには大金が要るのだ。
(庵……おまえに早く触りてぇ)
そろりと、たわんだ襟から手を忍ばせ、左胸に触れてみた。
そこには五日前の夜、八神がつけた花紋にも似た赤い痕がある。
強く吸われ、愛噛みされて施された赤い色痕は、まるで彫られでもしたかのように色褪せることなく、
まだ胸の上に咲いている。
交淫のさなかだというに、睦言ではなく「仕事で華街をすこし離れる」などと野暮なことを囁いた八神。
そのつれなさに思いきり拗ねて見せたら、苦笑の後、いつにない濃厚な一夜をくれたのだ。
これはその時にもらった約束の印。そして離れている間の、慰めの印でもあった。
あの夜のことを思い出すたびに、胸が、胸の色痕が熱を帯びるような気がするは、気のせいだろうか?
(ここは華街。唯一人に深入りしちゃいけねぇのは、分かってるんだけどさ)
「もうてめぇにしか、燃えねぇ」
ぽつりと洩らした。すると
「京」
「!」
思いもかけず近くでした声は、耳に馴染んだあの男のもので。
黒地に縞模様の着物姿に、目をひく赤い髪が視界に入った途端、京の胸はとくん、と高鳴った。
「…………」
「なにをむくれている?」
「なにって……。待たせすぎなんだよ。てめぇは」
「ほぅ? おまえの口からそんな言葉を聞けるとは…。男冥利につきるというものだな」
「ば、ばか。勝手にいい気になんな。おれは怒って…!」
「京、もうそのぐらいにおし。お待ちかねの旦那のお見えだえ。素直にいい顔、見せておやりんさい」
左隣に座っていた仲の良い姐女郎からひやかしまじりに小突かれて、京の頬にはほんのり朱が浮かぶ。
八神はその様子を目を細め、穏やかに見遣っていた。
京を見つめる今の八神には、華街を離れ、さる場所で数日かけて愛刀<八稚女>を振るい、
鬼神のごとき猛々しさで闘い続けていた名残はもう微塵もない。
あとは、身の内で滾る熱は、京が鎮めてくれる。
「京、耳をかせ」
八神はふ、と笑い、姐女郎に向いた京に声をかけた。
「…なんだよ?」
ややぶっきらぼうながらも、京は意外にすんなりと立ち上がり、格子に耳を寄せてきた。
八神もまた格子にぐっと近づき、まわりには聞こえないように、京の耳にだけ届くように囁いた。
『 会いたかったぞ、京 』と。
行灯の火が小さく揺らぐ部屋の中。
八神は視線を上げた。
脱ぎ落とした朱色の長襦袢を褥にして、自分を受け入れ、悦楽に震える京の体を眺めやる。
勃ちあがったものにいたずらに指を走らせると、日焼けの足りない体が大きくしなった。
「ぃ…や…八神……」
「違うだろう、京。閨の中ぐらいは名を呼べと」
「………いおり」
「そうだ」
「ぁう…んッ…」
離れていた分も埋め合わせるように強く抱くうち、甘やかな花の香りが八神の鼻腔をついた。
妖花のごときなりをした、あの紅い花の香りを放つ。
けれど紅華楼に登楼した誰しもがこの香りを知ることはできない。
身も心も、魂さえ溶け合うほどに強く深く結びついた者達だけが知る極上の香と、死してもなお
幽女となって紅華楼に住まうあの女が言っていた。
― おれを咲かせたのはおまえだけなんだぜ。
告白ともとれる台詞を吐いたいつかの京を思い出しながら、八神はひそかにあやしく笑んだ。
「当然だ」
「庵? なに言ってんだよ?」
「気にするな。ただの独り言だ。…ん?」
灯かりに晒された京の胸の上に、自分がつけた赤い刻印の痕がまだあることに気づいて。
八神は今一度、誠の愛の誓いをこめて、その花痕に口づけるのだった。
了。
◆ ア ト ガ キ ◆
私、庵京和モノ萌えなんですー!(告白)
あの2人は着物とか和モノ装束絶対似合うよー! と確信してならないんですが。
君はどう思うかね?(笑)
お題「着物」は、知ってる人は知っている「紅華楼奇譚」本の2人をネタに。
本編の続きが頓挫しておるので、せめてちょびーっとでも、またあの雰囲気を、と、もくろみました。
まー、本編の現時点の2人よりもデキあがっちゃってますけどね、これは。
あの話の未来に見れる一場面には、こんな2人がいるのかもNE、とボンヤリ思ってくだされ。
「紅華楼奇譚? なんのことじゃい?」 と思われた方にはスイマセンな内容ですが、まぁ「紅華楼」っていう遊郭に
身を置く謎の?色子・京と流浪の剣客・いおりんのデタラメジャパネスク・ラブロマンス・ストーリーを妄想ください。
アンケやweb拍手等で「紅華楼奇譚好きよ」「待ってるわよ」ってメッセくださった方々、
うう…(*><*)スミマセン、でもありがとうございます。
ここでちょっとでも和モノ庵京ラブにうっふりしていただければ幸い。
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