『 春宵恋歌 』 



最近できた大型ライブハウスの柿落しの依頼を受けて出演したライブも

大盛り上がりのうちに無事終了して、 八神はひとり、控え室で着替えをすませた。

他のバンド関係者は一足先に打ち上げを行う店へと移動済みなのだが、八神はこのまま帰るつもりだった。


ライブハウスを出る際に、スタッフから手渡されたメッセージカードを見るまでは。





例年よりも早く開花した桜の木々。点された提灯。活気づくそれぞれの屋台。

タクシーで乗り付け、足を踏み入れた公園は、満開の桜と酒に酔い、笑いさざめく人々でいっぱいだった。

その中を、八神は口を一文字に引き結んだまま分け入っていく。

時折、泥酔した輩から見境無しの誘いの声がかかるが、そんなものは一切無視だ。

ぐるりと周囲を見まわし、屹然たる足取りで、あれが待っているであろう場所へ向かう。

血が呼び合う、とでもいおうか。 この嬌声と人出にあっても、見つけるのに惑いはない。

鋭い視線の先には、樹齢をかなり経たらしい太い幹に背を凭せ掛け、呑気にカップ酒を口にしている男がいた。

己の真上で可憐な花を開かせている桜の木を、愛でる目つきで見上げている。

その男を見るうち、八神は指先まで痺れるほどの熱が体中を駆け巡るのを感じた。

「京」

距離的にはまだ聞き取れるはずのないその呟き声が彼には伝わったのか、京もまた、八神に気づいて

「お」っと、ほんの一瞬目を輝かせると、片手を挙げてニヤリと不敵な笑みを零していた。

「おせぇよ、八神。まったく…。誕生日の夜だってぇのに、お疲れさんなことだな。凄腕ベーシスト」

「貴様・・・、オレを前にしてよくもそんなホロ酔い気分でいられるもんだな」

「おまえのほうこそなんで、こんな優美な光景目にしてそう冷めてられんの? それでも日本人?」

「・・・"今宵、いちばんの盛りを見せる桜の樹の下で待つ"というのは決着を・・・」

その言葉の先を京が攫う。

「あ? 一戦交える為に呼んだと思ったのかよ? 俺はわざわざそんなのに誕生日を指定するなんて

陰険なことしないぜ。おまえじゃあるまいし」

「・・・・・オレとてそんなことをした覚えはない」

八神は憮然とした表情で、ご機嫌の京の様を見る。攻撃する気は失せたらしい。

すると京が足元のビニール袋から新しいカップ酒を取り出して、親切にもプルトップを引き上げ開けてやり、

それを八神に突き出して強引に握らせた。

「では、満開の桜と、今年も無事誕生日を迎えた八神庵君にカンパーイ!」

「・・・本気か?」

「本気さ。ホラ、祝ってやるから、いつまでも仏頂面してないで早く飲めって。つまみも付いて全部俺の奢り」

「もの好きめ。誕生日を祝われて喜ぶ年でもない。が、覚えてたことを少しは褒めてやる」

「月と桜を見てたらなんとなく、さ。たまにはこういった場所で酒を酌み交わす宵もいいだろ?」 

「なんなんだ、貴様は。いつまでくだらん連中とおっかけっこしていれば気が済むのかと思えば、

いきなり現れてオレの誕生祝いだなどと・・・。気が抜ける」

その言葉に、京はへらっと笑った。

八神が怪訝な顔をする。

「なんだ?」

「ちょっと嬉しいかも、とか思った?」

「思わん」

「顔に書いてあるぜ。悪縁もこれだけ続くと、多少はお前の心を読めるようになるんだ」

「・・・フン。そんな程度か。つまらん」

「〜あのなぁ・・・」

お互いカップ酒を握り締め、顔を接近させた状態で睨み合うとそのうち、

視線ははずさぬまま、どちらからともなく手にしていた酒を一気に呷った。

そんな二人の頭上からは、場を宥めようというのか、桜が健気に花を散らしていた。





「京」

「あ・・・ンう・・・っ」

触れてくる熱と体に染み渡ったアルコールが理性を飛ばした。八神は交わりの中でさえも手加減なく、深く、一途だ。

精が尽きて脱力しきった体を、体位を入れ替えるように八神の腕によってその傍らに横たえられた。

リネンのシーツが熱を帯びた肌を擦る心地良さに、京は意識を取り戻す。

「ここ・・・は?」

「オレの部屋だ。覚えてないのか? 酔っ払い」

気が昂ぶっているところに酒をハイペースで呷り続けた結果、ハイスピードで酔いが回ったらしい。

周囲に比べれば盛り上がりにおおいに欠けるものだったが、二人にしてみれば平和な時間だった。

バースデーカードで庵を誘い出し、花見と庵の誕生日にかこつけて一時を共に過ごした京は、しかし

風が強くなって急に冷え込んできたこともあって、八神に絡みながらその部屋へなだれ込んだのだ。

それはまだいいとしても、肌を重ねるきっかけは自分だったのか、八神だったのか?

記憶を追おうとすると甦る最奥の疼きに耐えて、そのあたりを思いだそうとググッと目を閉じる京だった。

だが八神が邪魔するように再び体に覆い被さりその唇を割って、熱情的な時間が過ぎようとしていることを

名残惜しむように、いささか濃厚なキスを仕掛ける。

「んッ・・・んんッ、もうい・・・いっ」

「悩ましい表情をするからまだ足りないんじゃないかと思ってな」

八神はクックッと喉の奥で低く笑い、頭を振って抗議する京をようやく解放すると、片腕を枕にして仰向けに寝転んだ。

「・・・ったく。元気でなによりだよ。昔、血ィ吐いちゃぁぶっ倒れてた奴とは思えねー」

京は呆れて苦笑まじりにそう言って、綺麗に筋肉のついた庵の胸に、トンと伸ばした腕を落とす。

と、庵はその指先に自分の指を絡め合わせて、口元に引き寄せた。

「おかげさまでな、とでも、一応言ってやる」

「どうせならもうちょっと心を込めて言えっつーの」

指を解かせる為に腕を引っ込めようとすると、グッと絡める力を強められてしまう。

「・・・・・・」

その時何を感じてか、ふと京が視線を上げて。

手指ににあたる異物感にそろりと半身を起こして、今度は京が、八神の胸に圧し掛かった。

「どうした?」

「なぁ、八神。そのシルバーリングさ」

「これか?」

「そう。そのリング、俺にくれ」

「唐突だな…。なぜだ?」

「欲しいんだよ」

「答えになってない。違うものならおまえが泣くまで、いくらでも応じてやれるんだが?」

八神が半分本気、半分冗談な台詞をさらりと言って、京の背中から撫で下ろした手先を臀部で止めると、

京が慌てて身を捩った。

「いや、いやいやいや、それはもういいから」

「立場的にはオレがもらえる側のはずだが? そのオレがなぜやらねばならん? 欲しいワケを言え」

「いいじゃん、べつに」

「なら、言いたくなるようにしてやろうか」

「・・・って、エロい目つきすんな! 分かった。言う! 言うから」

「・・・・・・」

「我ながら女々しいとは思ったんだけど、な」

「・・・・・・?」

「またしばらくおまえとはお別れだから、かな」

「京」

何事か言おうとする八神を押し留めるように京から口づける。

離れようとすると逆に、手離すまいとでもいうように八神が頬を引き寄せて口づけをより深めた。

切ない疼きが、燻りからまた炎が生まれるように身の内から湧き起こる。

互いの熱と体液だけがそれを鎮める術だと知る二人は、指を絡め、もう一度深く身を繋げた。




―― 次に貴様を見つけ、捕まえる日までこれは預けておく。失うなよ、京。


目を閉じ、眠りに落ちる寸前に囁かれた言葉と左手の薬指を滑るなにか。

八神の指から外された指輪だ。

―― ちぇっ。くれないのかよ。てか、なんで左手の、しかも薬指に嵌めるのかな。八神さん?

―― オレの心を多少なりとも読めるようになったんだろう? 読み取ってみたらどうだ?

―― てめーの声で聞かせろよ。

―― ・・・いいだろう。ただし聞いた以上、「否」とは言わせんぞ。

―― え・・・ヤな予感。やっぱり前言撤回

―― 却下だ

そうしてその後、耳元で囁かれたのは愛乞う言葉・・・であったと思うのだが、それに自分がなんと

応えたのか覚えがない。そもそもそれが現実でのことだったのか、夢でのことだったのかさえ曖昧で。

八神に翻弄されすぎたせいもあって今度こそまどろみに落ちてゆく京に、思い返す間はなかった。






明くる朝、庵が身を起こしてみればベッドの上はおろか室内にも、もはや指輪とともに京の姿はなく。

京がいた波打つ白いシーツの上には、ただ薄桃色の花びらが数枚残されていただけだった。

昨夜二人で眺めた桜が強風にあおられて散った時に、どちらかの髪にでもついてきたものだろうか。

それとも京が、春宵の逢瀬の名残としてわざと置いていったのか?

八神はふと、そんなことを思いかけ、やめた。

「あれがそんな艶っぽいことをするはずはない、か」

八神は自分が言ったその言葉に軽く肩を竦めると、ひそりと苦笑して、京の面影を追うよ
うに窓の外へ視線を向けた。






                    SEE YOU AGAIN




※ほとんど無分類状態のFDファイル。その一部から2002年・期間限定TOP庵バースディノベルを発見。
ネスツ編をちょっと意識した話だったのよね。たしか…。
過去に幾度か起きたパソコンクラッシュの際に消えてなくなったものとばかり思ってたのでラッキー!
今年の庵お誕生日記念ノベルは間に合わなかったので、…(コラ!)
この2002年版お誕生日記念ノベルをガリガリ加筆修正して・2006年版として再生。




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