| 『 月下繚乱 』 草薙の縁者が時折、避暑にと訪れる里がある。 今も緑深き景観を大切に残す平穏な場所だ。 山の中腹にはこぢんまりとした道場があり、鍛練に来る者があれば宿泊できる ようにと部屋も、そして簡素ながら設備も整えられていた。 今夏は庵を伴った京が使っているところなのだが…。 夏も後半。ある日の夕刻。 障子を締め切った客間で京は庵の手に翻弄されていた。 祭り用にと着込んだ浴衣は早くも帯をとられてしまい、本来腰を巻くはずのそれは なぜか両腕に巻き付いている。 しかも悪趣味なことに庵は巻き付けても余った部分を床の間の杭にひっかけて、 京が妨害できぬよう両腕を頭上にあげさせたままの状態にしてしまった。 「この…ッ大ウソ…つき…ッ……今日はしない…って、言ったじゃん!」 「そうだったか? 悪いがさっき道場で頭をぶつけたせいか記憶があいまいでな」 「しらじらしいぞテメーはッ! ならもう一度ぶっ飛ばして思い出させてやるから腕ほどけ〜〜!」 「おまえが楽しみにしてる祭りにはまだ時間もあることだし、そうイキリ立つこともないだろう」 「…燃やす」 目を据わらせた京がボソリと呟き拘束された腕に力をこめようとすると、とうにそれを見透かして いた庵がスッと浴衣の合わせ目に手を差し入れて、反応しはじめている京自身を捉えた。 「な………アっ! 卑怯もんっ…ンン」 「フフン。こんなことぐらいで炎が萎えるようではまだ甘いぞ」 「…ハ…う……っ」 庵は京の表情を窺いながらに微妙に強弱をつけてゆっくり堕としていく。 「いいコにしていたらほどいてやる。今はおとなしく抱かれていろ」 気をそがれた京が心なしか潤ませた目でニヤリと笑う庵を睨んだ。 退く気はまったくないらしい庵の態度にメラメラしつつも、縛られ圧し掛かられての 体勢不利な身ではそれに従うしかない。 だがしかし。 無駄な足掻きとはわかってはいるが「これだと背中に畳が擦れて痛いじゃん… 嫌だ」と弱々しくゴネてみせると、庵は黙って京の横に脱いだ上着を無造作に投げ、 広がったその上に京を這わせた。 +++++++ +++++++ +++++++ 「………」 顔を横に、うつ伏せになったまま意識を失っている京に半ば体を重ねるようにして まどろんでいた庵はふと顔を上げた。 身を起こして京を見下ろしてみる。 月の紋が入った上着は途中自由にされた京の両手が握り締めていて、察するに それはその体の下で汗と体液でシワクチャになっているだろう。 やれやれと苦笑しつつも、だが視線は熱っぽく京に注がれたままだ。 「………」 いささか手荒な情交の果てに、八神の象徴でもある月にすがってそのまま気を失った 京の姿には陶酔せずにはいられない。 これもまた八神の性(さが)からくるものなのか、それとも―――。 京の下から上着を引き抜くのはあきらめ、庵はそばに脱ぎ捨ててあったシャツを 羽織って立ち上がると庭に面した障子を開け放った。 日中の暑さが嘘のようにひんやりとした山の空気が忍び込み、 部屋を満たしていた濃密な雄の匂いを拡散させていく。 庵は板張りの廊下に腰をおろし、障子の木枠に背を凭せ掛けて空を仰いだ。 空には月と満天の星。 ここは街と違って無粋な人工物がないせいか、ひとつひとつの星明かりが大きくて、また力強く瞬く。 そんな夜空をなにげに眺めている庵の耳に、麓の里で催されている祭の囃子が風に乗って届いてきた。 「…さて。どう機嫌をとったものか」 かすかな祭囃子と庭先の虫の声をしばらく聞くとはなしに聞いていた庵だが、 にわかにフッと淫猥な笑みを口元に浮かべて客間を振り返った。 「祭り事が好きなおまえのことだ。音につられて目を覚ますかと思ったが…。 戯れが過ぎたか?」 視線の先には月明かりに浮かび上がるように、庵が背負う月を掻き抱いたまま、 いまだ深い闇に呑まれた京がしどけなく横たわっていた。 戻 る |
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