『day by day 〜Angel Murder番外編〜』 ピピピと、控えめな音量に設定された目覚まし時計が鳴る。 と、鳴り止まぬうちにシーツの中から伸ばされた手がそれを止めた。 明るい朝の光が射し込むベッドの上。 「もう朝か」 時計を止めて小さく伸びをしながら身を起こした京の傍らで、シーツを頭までかぶって眠っていた 庵が溜め息まじりの掠れた声をだした。 「あ…悪い。庵はまだ寝てなよ。昨日も寝るの遅かったじゃん」 ここのところ、庵はベースギターの腕を見込まれていくつかのバンドから声を掛けられるようになり、 忙しい毎日を送っている。昨夜も午前様だったのだ。 シーツから顔を覗かせている半目状態でまだ眠たげな庵とは対照的に、目覚め爽やかな京は そう言うとキゲンよく庵のこめかみに軽くキスした。 「………」 無言でじ―っと見上げてくる庵の目に、少しはにかむように笑った京がベッドから抜け出そうとすると 庵が腕を掴んで引き戻す。 「うわッ?!」 京は引っ張られるままに後ろに倒れこんだが庵に体を抱きとめられて、そのまま仰向いた庵の上に のしかかるカタチをとらされる。そして「なんだよ?」と言う間も与えられずに薄く開いた唇を塞がれて、 起きぬけのキスとしてはいささかディープなキスを受けるハメになった。 「……ゥ…ン」 チュッとかすかな音をたてて唇が離れる。 ニヤリと目を細める庵の顔を、京はちょっとだけ苦い表情を装いながら間近で覗きこんだ。 「寝起きのクセになんでそんなに素早いかな〜…」 「恋人同士ならキスにはキスで返すのが人間界のルールでな」 しれっと答える庵に京が顔をうっすらと上気させて抗議の声を上げた。 「ウソつけ。たしかこの間の夜も恋人同士っていうのは……いうのは……」 勢いにまかせて思い出したコトを言いかけた京だが、もっともらしい言葉にのせられてなにやら ヒジョーに恥かしい思いをさせられた光景までも思い出してしまったのか、言葉が続かず だんだん語気が弱くなる。 それを知りながら庵は悠然とした笑みを浮かべて逆に問い返した。 「ん? 恋人同士というのは?その続きはなんだったか?」 「う……」 「京?」 「…もういいよッ! ほら、庵はもう一度寝る!」 京は庵のペースにはまるまいと自分を捕まえたままの手を解かせると、庵の顔に自分の枕を 押し付けたそのスキにベッドから下りた。庵もそれ以上ちょっかいをだす気はないらしく、京の 身がわりになった枕を抱きしめて着替える様子を眺めているだけである。 ただ―…。 「ほんとに起きるのか?」 「ん? うん」 京だけが感じ取ることのできる甘えの混じったニュアンス。ついほだされてまたベッドに 潜り込もうかとも思う京だったが、なんとかそこは踏みとどまった。 「そっ。いつもの公園にちょっと行ってくるから。朝飯の準備はその後な」 「…ああ」 「んで、その間に庵はもうひと寝入りして寝不足を解消しとくこと! いいね?」 「姫のおおせのままに」 「だれが姫だよ、誰が!」 眠いクセに京をかまいたくて(かまってほしいのかもしれないが…)しょうがない庵を置いて 京は寝室を後にした。 庵は寝室から出てこなかった。 どうやらあのまま素直に寝たらしい。 顔を洗って京はマンションを出ると、軽くストレッチ体操をしながら近くの公園に向かう。 京はこうして庵が目を覚ますまで、そこで寄ってくる鳥達にエサをやったりしながらゆっくり と散策するのが日課になっていた。 公園の中央あたりにくるとどこからともなく雀やハトたちが集まってくる。 「ちょっと待ってろよ〜。今日はパンのみみたくさん持ってきたんだ」 元気のいい鳥たちの様子に破顔しながら紙袋の中のパンくずを周囲にばらまき、 手のひらにものせて宙にかざすと肩といわず頭といわず京に鳥たちが群がった。 「こらこら! 慌てんなって…、まだいっぱいあるんだから」 「ならオレにもちょっとわけてくんない?」 不意に掛けられた男の声。 「?!」 鳥のほうに意識を向けていたせいかちっとも気づかなかったが、近くにあったベンチから ムクリと身を起こしたのは大柄な金髪碧眼の青年で、ひと目でアメリカ人と知れる。 一瞬紅丸を思い起こして見入る京に青年は人なつっこい笑顔を浮かべた。 「昨日の昼からなにも食ってなくってサ…腹が減って動けないんだ…」 「…えっと」 「…うッ。もうダメだ〜〜」 「ええっ?! ちょっとちょっと!」 戸惑っている京の前でアメリカ青年は大ゲサともいえるジェスチャーを交えて うめくと再びベンチに寝そべってしまった。 「ふ―ッ、胃に染みるねぇ〜〜生き返ったよ」 京が園内の自販機で買ってきた缶ジュースを片手にパンのみみを齧っていた青年の 名はテリーといって、生っ粋のアメリカ人だというのに流暢な日本語をしゃべる。 洗いざらしのブルージーンズにカーキ色のブルゾンという自分とさして変らないラフな 服装なのに、なんかハマッていてカッコ良い。 「そりゃよかった。こいつらは朝ゴハンを横取りされたってちょっとおカンムリだけど」 とりあえず空腹感が満たされて余裕の表情になったテリーは、自分の前で再び鳥達に 残りのパンくずを与えだした京の横顔をしばし見つめていた。 「ずいぶんと好かれてるんだな」 「よくあげてるからね」 「オレはアンタが天使にみえる」 「それはオレが腹ペコでのびてたトコロを救ったからだろ?」 鳥に視線を向けたままクスリと笑う京。だがテリーは首を横に振った。 「いいや。察するところキミは"キョウ"って名じゃないか?」 京は真顔になってテリーを見返す。 「アンタ、何者?」 「お。ビンゴか。はじめまして、キョウ。お仲間だよ。今は無頼の天使とでもいっとこうかな」 テリーがウインクしてニヤリと笑う。 「アンタが…?」 正直な京の反応にテリーがワハハと笑った。 「これでもな。ここら一帯かすかに同胞の気を感じたんでどんな奴が来るのか待ってみれば… かつての悪名高きエンジェルマーダーと恋におちて下界に降りたって天使が現れたってワケ。 話は聞いてるぜ」 「正確にはモト天使」 「でも鳥達と戯れる姿には同胞ながら心奪われたね。その表情を見れば聞くまでもなく幸せに 暮らしてるみたいだなぁ…。…で、あれが噂のダンナかい?」 「?」 テリーの言葉にその視線を追うとコート姿の庵がこっちに向かって歩いてくるところだった。 鳥たちが空気の変化に敏感に反応して京のまわりから飛び立っていく。 「庵! どうしたんだ?」 「おまえの散歩に付き合おうかと思ったんだが……」 庵がチラリとテリーを見る。 「Hi」 「………」 「空腹で行き倒れてたところを彼に救われたトコロでね」 無言の圧力にもめげず、テリーは愛想よく挨拶したがやはり庵からの反応はない。 探るような目と動じない目。その間に割って入ったのは京だった。 「キョウ?」 「…なんだ?」 「だって…庵、その目はコワいよ。ヤキモチは嬉しいけどさ」 不安げな表情は一瞬で、京は庵の頬に両手を当てるとニッと笑った。 「おい……」 かたや当の庵はというと、一瞬言葉を詰まらせながら京の肩に両手を置く。 「それは違う。ただこの男と何を親しげに話していたのか気になっただけで…」 「それがヤキモチっていうの! 庵もまだまだだねぇ〜」 「やかましい。ここで押し倒されたいか」 「それはカンベンして」 とは言いながらも、京はまんざらでもないように笑った。 (ふーん。これはなかなか……) 京に触れられて硬化していた庵の気が拡散したのを見るや、テリーは感心したように 京の背を見上げる。 すっかりカヤの外なテリーだが、これ幸いとニヤニヤと2人のやり取りを見守っていた。 (光主がこの男にキョウを引き合わせたのが分かるような気がしてきたぞ) 「さぁ〜て!!」 その大きな声にやっとまた庵と京の視線がテリーに向く。 テリーはジーンズのポケットに突っ込んでいたキャップの形を整えてかぶるとベンチから 立ち上がって二人を交互に見た。 「おふたりさんはいまだラヴラヴ進行中ってコトはよーっくわかったから。でもなぁ、京」 「なに?」 「オレもキミに惚れちまいそうだ」 「は?」 庵の片眉がピクリと動く。 京はテリーの真意をはかるように静かにその青い瞳を見つめかえしていたが、 庵の右腕に両腕を絡めるとギュッとしがみつき、茶目っ気たっぷりにテリーに宣言した。 「それはダメ。オレはもう庵のモンだから」 「そういうことだ。あきらめろ」 やんわりと庵の腕が京の腰に回された。 「あー、やっぱり? じゃぁ、お邪魔虫はさっさと退場するさ…。でもオレの名前 覚えててくれるとウレシイな」 「もう行くのか?」 「ダンナの機嫌がまた悪くならないウチにね」 「……」 ホントはもう少し話していたい気分なのだが、テリーは2人に気を利かしてやるコトにした。 「思いがけずアンタ達に会うことができてラッキーだったよ。またいつかな」 こうして無頼者は2人に手をヒラヒラさせて踵を返すと歩き出した。 テリーと入れ替わるように、園内にはそろそろ人が入ってきている。 「そろそろオレ達も行こっか?」 そう言って京は庵の腕を引っぱりながらもと来た道を辿った。 「散歩はおしまいか?」 「うーん。テリーがおいしそうにパンのみみ齧ってるの見てたらオレもお腹すいちゃった」 京の返事に庵が思い出したように尋ねる。 「…そういえばヤツは何者だったんだ?」 「お仲間だって。同胞の気配を感じて待ち伏せてたらしいんだ」 庵が苦笑する。 「ヒマなヤツらだ。二階堂といい牧師といい…。おまえにはミョーな連中が寄ってきて おちおち眠ってもいられんな」 「ひっでぇー…寝不足はオレのせいになるのか?」 あくびを噛み殺しながら呟く庵を、京が肘でもって軽く突つく。 「京の傍でないと眠れない体質になったようでな」 「あららー」 「あららで済ますなよ、京」 肩に庵の腕が回されて引き寄せられるまま京は空を眺めて何やら思案顔になっていたが、 ニヤッと笑うと首を傾げて庵の顔を覗きこんだ。 「じゃぁ……」 「?」 「部屋に戻ったら添い寝ってのはどうだ?」 「添い寝か…」 「なんだよ、それじゃ不満?」 「甘いな。…俺としては「部屋に戻ったらさっきのキスの続きをしよう」、と言ってもらえると もっと嬉しいんだが?」 「……」 いつも甘やかされている分、こうして優しく乞われてしまうと受け入れてやりたいという 気持ちで一杯になってしまう京。天使だったゆえの性分かもしれない―。 「…今日の家事当番代わってくれたら……いい」 「おやすい御用だ」 こんな調子で、どこまでいってもメロウな日々を過ごす2人なのであった―…。 【 END 】 戻 る |
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■天界から異例の大恩赦(笑)を受けて共にラヴな日々を過ごす2人は恋人っつーか、すでに夫婦善哉(爆)。 |