「 CHOCOLATE WARS 」




明け方。

まだ薄ら明るいといった程度の室内。

京は自分を後ろ抱きしたまま眠っている 庵の腕を、そっとほどいて身を起こした。

視線を落とすことなく己の胸に手を置いて撫で下ろす手のひらに感じるそのふくらみに

ガクリとうな垂れてしまう。

(まだダメか…。戻る兆しすらねー)

声なき嘆きと嘆息を一つついた後、キッ、と傍らで端整な寝顔を晒している庵を睨んだ。

(…ひとり満足そうな顔して。なんだか憎いぞ、八神庵)

胸には愛撫する庵の指の感触がまだ、まざまざと残っている。

昨夜、女体ではじめてとらされた体位を思い出して、ジンと下腹が疼いた。

「……くッ…」

「どうした?」

と、身じろいだことが庵の目を覚まさせてしまったようで。

庵が目にかかる前髪をかきあげながら 肩肘をたてて頭を起こし、京を見上げた。

「べつに」

そうそっけなく返した京は、庵の視線を遮 るように胸元にシーツを引き寄せる一方

で、ベッド下に脱 ぎ捨てられていた庵の白シャツを取ると、素早く裸身に羽織った。

そしてその傍らから離れ ようとしたのだが、 寸でのところで裾を掴まれ、引っ張られ

てしまい…。

そのせいで、ボタンを 留めていない上、 今の身には余りあるシャツは肩を滑り、

ハラリと大きく胸元をはだけさせる格好と なる。

かろうじて剥ぎ取られるのを防いだ京 が、ジロリと背後の庵を睨み下ろした。

「なにすんだ。エッチ」

「鏡の前にいちいち行って確認しなくても分かっているだろうに。毎朝ご苦労なことだな、京」

「誰のせいだ、誰の!」

「愛ゆえに」

「ぬぁーにがッ、愛だ! もうこれは呪い に近いぞ! 呪いなら呪いでいいかげんに解きやがれ」

そう言いながら庵から剥ぎ取ったシーツ を体に巻きつけた京がベッドに片膝を乗せて

詰め寄り、 顔を近づけた。すると

「解放の呪文か。知りたければ色仕掛け でも使ってオレを落としてみろ」

「色仕掛けだぁ〜? んなモンできるか!」

「今のおまえなら、できないことではない だろう?」

などと言って、不意打ちのキスをする庵。

アッと京がうろたえ、身を引こうとするの も見逃さない。ニヤリとインピな笑みを浮かべ

ると、腕を伸ばして京の体から今度こそ と、シーツを引き剥がそうとする。

ずいぶん楽しんでるご様子だ。

「庵、笑ってねぇでその手を離せ」

「今さら恥ずかしがることないだろう? 

それより京、明日はなんの日か知っているか?」

「…なんだったっけ?」

「ヴァレンタイン。世の女が好いた男に思いを込めたチョコを手渡し、愛を告白できる日だ」

「……だから?」

庵の言わんとすることを察したくないのに察して、京は口の片端をヒクッとかすかに痙攣させた。

「出掛けるぞ、京」

「何ィィッ?!」






バレンタインデー当日。快晴である。

「もうッそこばっかり攻めんのヤメロっつーの!」

「そら、どうした、京。足腰の動きが鈍いぞ? もう楽になりたいか?」

「くっ。ずるいぞ、そこばっかり。あ、また! だからダメだって…あ、ああッそんなぁ〜ッ!」

「遊びは終りだ」

「ああッ! やめーッ。あああああっ」



――言っておくが、べつにえっちぃコトをいたしているわけではない。



リビングのテレビ前。

横座りの体勢からそのまま、背後のクッションに倒れ込んだ京の左手からコントローラーが

ポトリと落ちた。

正面にあったワイドサイズのテレビ画面には、京がセレクトし、操っていたキャラクターが地

に倒れ伏し、それに は『YOU LOSE』の文字がでかでかと重なっている。

「ああ…なんてこったい」

ボウゼンと天井を仰ぐ京の唇が動いた。

とろとろとした心地よい眠りにまだ浸っていたはずの今朝が一転、ゲームバトルとなったのは、

「それにしてもバレンタインデーを前に女性化したのは好都合。出掛けるぞ、京。楽しみだな

…クックック」という、庵の度重なるこのセリフのせい。

当然、京本人は断固拒否。

(わーい、嬉しいな…なんて言うワケあるかい! 嗚呼…。モトの姿に戻るまで、太陽の下に

なんか出られないって…ヨヨヨ)

と内心嘆く。 だが嘆いてばかりはいられない。

庵のアヤシゲな企みを阻止せんと、朝っぱらからもちかけた格闘ゲーム勝負。テレビゲーム

の腕におぼえありだからこそ挑んだものの、早くも使用キャラの些細な弱点を見抜かれ、果て

させられてしまったところだった。

「延長を重ねた上、九勝一敗でオレの勝ち。もう文句はないだろう、京?」

肩を並べるように座って同様にコントローラーを操作していた庵が、フフンと口の端に勝者

の笑みを浮かべて、しかめっ面した京の顔を覗き込んできた。

「オレがこのゲームに勝ったら、おれの言うことを聞いて出掛ける約束だったな?」

「・・・・ああ。・・・チクショー、やっぱりいちかばちか、俺自身で挑んでればよかったぜ」

思わぬ敗北にひとり悔しがる自称・天才格闘ゲーム王。自分は今、戦えない身だけに選択した

勝負法。これならイケる。なんてったって対戦者は日頃からゲームにほとんど関心を示さないし、

付き合いもしない男なので、このテの勝負なら疎いだろうと踏んでいた。

しかしそれは大間違い。

一戦目こそはたしかに余裕で勝った。が、相手はなんといっても呑み込みが早かった。

なので、はじめこそ負けたが二戦目からは要領を得たらしく、巧みにコントローラーを操り、

メチャメチャ手強くなってしまったのだった。

すると

「その腕で? その体でオレに勝てると思うか?相手をしてやってもいい。だが、た易いことだ。

すぐにでも組み敷いて、その場で昨日の続きをしてやる」

庵が思わせぶりな流し目を京に向けながらその手をとり、指を絡めなながらその指先に口づけ

ていく。さらには、空いたもう片方の手をシャツから覗く太腿の内側にスルリと忍ばせ、柔らかく

滑らかな肌をわななかせた。

脳裏に昨日の光景がフラッシュバックし、「おい!」と京は慌てて、それ以上動かせるまいと

太腿で庵の手を強く挟み締め付けてそのまま身を起こした。

「待てまてッ! わかりました! 出掛けりゃいいんだろ、出掛けりゃ!」

「なんだ、もうゴネないのか? それはそれでまた違う楽しみにもっていけたのに」

「…なんだよ、違う楽しみって?」

「聞き分けのないじゃじゃ馬には躾が必要だろう? まだゴネるようなら予定変更してこのまま

寝室に抱いて行こうと思ったんだが」

「!!」

「クックック…。京、もう一度してやろうか?」

「い、いいッ、していらねー! その、俺はゴネてるつもりじゃないんだって。ハハハ…さ、さぁ、

出掛けるんだから支度しないと」

庵の(ほとんど本気だろう)脅しに今度こそ負けて、京は太腿に挟んだままだった庵の手を掴ん

で押しやり、乾いた愛想笑いをしてそそくさと立ち上がった。

「あ」

そこでハタと気づく。

「でも俺はどうすればいいんだ? 庵のシャツは今の俺にはほら、この通り大きすぎっから

室内ではべつにかまわないとしても、外にはちょっと着てけないぞ?」と。

だが庵は女体化した京を外出に誘う手前、ぬかりのない男だった。

「わかっているさ。ちょっと待っていろ」

「?」

短く応えてひとり寝室に行ったかと思うと数分後、紙袋を片手に戻ってくる。それを見た京は

少なからず顔を顰めさせた。

「それ…女物だな? いつのまにそんな用意をしてたんだ」

「もしや、の時を考えての一着だけだ。女性化のたびにオレのシャツでは不憫だからな」

「不憫だとか言いつつ、なんだよ、その楽しそうな目は?」

「ん、そうか? いや、しかし正直そういう姿も気に入ってるんだがな」

「???」

不埒な笑いに目を細めた庵が、サイズの緩いシャツの襟元にひとさし指を引っかけて少し引き

下げる。と、白い胸の谷間がチラリと顔をだした。京は思わず両手を交差させて身を捩じらせ

て視野を遮った。

「お・ま・え・と・いうヤツはぁぁ〜〜〜〜」

とても男相手にダメージを与えられそうにない右手の拳をフルフルと震わせほんのり赤面する

京の様子に、庵はこのへんで一旦かまうのを止めることにした。からかい楽しみ過ぎてヘソを

曲げさせてはモトもコもない。

「わかったわかった。ともかく今はそれに着替えてくれ。いい天気なんだし早く出よう。なにせ

必要だがオレにはどうしても揃えてやれなかったものがまだあるんでな」

「は? なによ、ソレ?」

「なんだと思う?」

「だからわかんないってばよ?」

「そのうちわかるさ。とにかく今は支度を急げ。なんなら手伝ってやる」

「それはノーサンキュウ。庵はそこでおとなしく待ってろって。入ってくんなよ?」

庵の申し出に即座に首を横に振った京は、そして紙袋を胸に後ずさり、寝室へ入った。




それから―――。

五分経過。

十分経過。

十五分経過。

二十分経過。

なお、寝室は静まりかえっていた。

言いつけられた通りおとなしく待っていた庵もさすがに声をかけずにはいられない。

寝室のドアを殊勝にもノックして反応を見る。

「京、どうした? 支度はまだできないのか?」

中からの声はなし。眉間にかすかな皺が寄る。

「まさかショックで失神でもしたんじゃなかろうな?」

などと呟きつつノブを下げてドアを開け、視界を上げると、そこには裾にフリルをあしらった淡い

パープルの花柄プリントなシフォンのスカートと、同系色で華のあるニットを身につけて佇む京

と目が合った。右手には紺のブルゾンジャケットが握り締められている。

時間が止まったように見つめ合い続ける2人だった。

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

「で、ど、どうよ?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「…なんか言ってくれよ。いたたまれなくなるじゃねーか」

「なかなか。様になってる」

「そ…そう?」

ぎこちないながらもホッとしたような、照れた笑みが京の顔に広がるのを見て、庵もつられるよ

うに口元に柔らかな笑みを浮かべ、右手を差し出した。

「では出掛けようか、レディー?」

「おう。もうこんな格好までしたからにゃ、今日はレディーでいてやるぜ」

「見物だが…。京、2人きりの時はかまわんが、外では言葉づかいもそれなりにな」

「あ。…そうだな…え、えへへ」


この瞬間、ここに天下無敵カップル誕生。



部屋を出てからはめずらしく、公共機関を使っての移動となって。

時折の風に揺れるスカートの裾を気にしつつ、京は歩いていた。慣れないレディースシューズでの

歩行ももどかしい様子。庵がそれに合わせてさりげなく歩幅を緩めてやっているのだが、今の京に

気づく余裕はないようだ。

そんな京が庵に手を引かれてまず最初に行ったのは某大手有名デパート。

「・・・・・・・・・・・」

降り立ったフロアの一角にあるショップの前に立たされた時、京は早くも『もうこうなったからにゃ、

今日はレディーでいてやるぜ』宣言を撤回させていただきたい気分になっていた。

パステルカラーとフェザーの装飾が目立つ外装と、店内から漂ってくる濃厚でフローラルな香り。

ウィンドウに並ぶマネキンが着けているのは、繊細なレース模様のものやフェミニンなシルエット

を造りだすデザインのブラジャーないし、キャミソールやショーツ。

そう。ここは男子禁制、女子が密かな美を楽しむ為のランジェリーショップ。

庵が言っていた、『必要だがオレにはどうしても揃えてやれなかったものがある』とは女性用の

下着のことであった。

「京、いつまでここに突っ立ってる気だ?」

「だってここ…」

「見ての通りだな。今のおまえに何をためらうことがある?」

壁に凭れて腕を組み、京の後ろ姿を眺めていた庵がそう言い、両腕を伸ばして目の前の肩を後

押ししようとした、のだが、無言の京はその力に逆らうように後ろ向きのままでズズイと戻ってくる。

庵はしょうがなく胸に抱き止めてやる格好になった。

「京」

「いい…やっぱいい。いらねーって」

「その体でいる以上、要らないってことはないだろう」

「いらねーったら、いらねーの!」

「だめだ。ちゃんと買い揃えてこい」

「だからさぁ、どうせ買ったところですぐ無用になるんだから」

「そうでもないかもしれんぞ?」

「……どういうことだよ?」

「戻るヒマがないくらい愛してやる」

後ろから耳元に囁かれる、重低音の危うい言葉。ゾクリと首を竦めて京は後ろを振り仰いだ。

サングラスをかけた庵の、そのオレンジがかったレンズの向こうで、ケダモノの目が笑いに細め

られているのを見て、京の顔に赤が走った。

「!!」

「さぁ、ぐずぐずしてるとここで一日終わってしまうぞ」

「あ」

財布を掴まされ、ポンと店の入り口に向かって体を押し出された京は、そのまま見えない

手になおも押されているかのように、店内へと足を踏み入れてしまうのだった。

「いらっしゃいませ〜」

京の戸惑いなど意に介すことなく、満面の笑みで迎える女性店員。

その目は職業柄、早くも服の上から京のボディサイズを測り、いつでも要求に応えられるように

サーチを始めている。

「ど、どうも」

多少びびりは入ろうと、スマイルにはスマイルで。

「今日はなにを? よろしければお好みの品、お探しいたします」

「あ、ああ。じゃぁ、ええーと…」

なんと言えば?と、泳ぐ視線の先々には清楚から艶めかしいデザインやカラーのランジェリー。

フローラルな甘い香りは店に入ったことでいっそう強まり、立ち眩みを起こしそうになる。

(ううう…っ)

それでも気を奮って、京は言ってみせた。

「とりあえず、ブ…ブラジャーください!」



京のアドバイザー役についた二十代半ばの女性店員は、自分のバストサイズはおろか、

ブラのつけ方もよく分かっていない珍客にもかかわらず、不審な顔つきひとつせず愛想よく

テキパキと動いた。

京のバストにフィットしたブラの引き出しから色とりどりのブラジャーを持ってくると、両腕に

かけて京に見せる。

「色は今ご試着中のパールホワイトの他に、ミスティローズピンク、フェアリーブルー、ハード

ブラックオーシャン、 クリムソンブレイズ、シャイニングイエローとありますが?」

「…あー。もう今身につけてるこれ、白で」

「パールホワイト、ですわね。あと、このブラにはショーツとキャミソールもあるんですよ。

お洒落に揃えてみてはいかがでしょう?」

「はぁ…もうおまかせするから、取り揃えちゃってください」

ちょっとヤケだ。

「かしこまりました。でも」

「?」

「このパールホワイト、確かに上品で光沢があってお客様の肌に映えますけれど、こちらの、

この青みがかったピンク色のミスティローズピンクも、ぜひ今日のような特別な日には身に

つけていただきたいですわ」

「特別な日って…バレンタインが?」

「勿論。おせっかいは承知の上で言わせてもらうと、恋人と素敵な夜を過ごしていただきた

いですもの」

「恋人と素敵な…夜ゥ?! な、なな、なにをおっしゃいますやらやら」

笑って聞き流しておけばいいものを、京がそこで動揺した言動を見せたので店員は確信し

てしまったらしい。

営業スマイルからうふふと訳知り顔託で笑んだ店員は、店の外にチラリと目をやり、壁際に

いる人物を見てまたすぐ試着室の中の京に小声で話しかける。

「お店の前の壁際で待ってらっしゃる男性、恋人なんでしょう? クールな感じ。ちょっと近寄

りがたい雰囲気があるけどそこがまたステキだわぁ。かなりイケメンよね! 羨ましい」

「…ア・アハ」

曖昧な笑みを返すのが精一杯の京。すると店員の声に熱がこもりはじめた。

「お客様! 今夜の勝負カラーはパールホワイトじゃなくってミスティローズピンクですわ!」

「勝負カラーって…。いやそんな、気合い入れる必要なんて」

「いーえっ、入れるべきですよ。本日当店にいらっしゃいましたのもなにかの縁! 個人的にも

当店員の間でも人気のあるこのカラー"ミスティローズピンク"をぜひその肌に。今宵、彼氏を

悩殺すること間違いナシ!」

「・・・・・・・・・・」

「ささっ、試しにどうぞお付けになってみて」

こうして店員イチ押しカラー"ミスティローズピンク"のブラジャーも試着することとなって。恥ず

かしいまでに さんざん賛辞の言葉を浴びせられ続けた京は、セールス熱心な店員に白旗を

あげる代わりにその悩殺カラーブラを買い上げた。

支払いは庵持ちだ。



「お買い上げ、誠にありがとうございました〜! またのお越しをお待ちしております」

丁寧に包装された品々を入れたビニール製のピンキッシュなバックを受け取った京は、超

ご機嫌な店員に 背を向けて、足早に店をでた。



場所は移って、二人が次に入ったのは表通りに面したオープンカフェ。八割方はカップルだ。

ちょうど空いた最前列の右端の小さなテーブルに案内されて、向かい合うようにして腰掛けた。

アイスコーヒーとエスプレッソのオーダーをとったギャルソンがテーブルから離れると、京は

庵から預かった 彼の財布を差し出した。

「悪い。なんかさ…。そこから諭吉が、五人ばかしひらひら飛んでった」

「かまわん」

たいしたことないという余裕っぷりで、財布の中身も確かめずに懐にしまう庵を前に

「それにしてもブラとかさー、女モノの下着の値段にゃ驚いちゃったね、いやまったく」

両手で頬杖をつきながらボソリと洩らされる京の感想。すると庵はニヤリと笑みを浮かべ、

同様にテーブルに頬杖をつきながら言った。

「京、あとで見せろよ?」

「ん? なにを?」

「どんな下着をつけたのか気になる」

「げ! まーっイヤだわこの人、なんてストレートな物言い、ってか、しかも目がもう本気」

カッと一気に体温が上がり、それが恥じらいだと自覚している京だ。なら尚更そんな自分を隠し

たくなる。

頬に左手をあて、ちょっとおどけて見せて庵の視線を躱そうと試みた。

だが効果はない。唇の片端を緩く吊り上げて、それ以上は何も言わず、ただ面白そうに自分を

見つめてくる庵に、顔にまで熱が集中しそうになる。

と、そこへギャルソンがオーダーしたものを運んできた。

「あれ? あの、コレは頼んでないですけど?」

さして大きくない木製の丸テーブルの中央に置かれたウェッジウッドのケーキ皿とふたつの

フォーク。皿の上には苺とホイップクリームとミントの葉を添えたハート型のチョコケーキが

のっていた。

「これは本日バレンタインデーにお越しいただいた男女カップルにサービスとしてお出しして

おります。どうぞお召し上がりください」

「だそうだ。よかったな、京」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

爽やかな笑みで返してギャルソンが立ち去った。

「・・・・・・・・・」

京がなにげに店内を見回してみると、なるほど、それとわかるテーブルには同じケーキがだされ

ていた。

「どうした、京?」

「ううん。べつに」

「ケーキは全部おまえにやる」

「うげ。だってこれってどーみても二人分…」

「いらん」

短く拒否して庵は自分のカップを手にすると、通りに目を向けたままゆったりとした動きで口元に運ぶ。

「あ、そういう可愛くない態度は彼女に嫌われ……ん? …んふふー。いーおーり」

その横顔に文句を言おうとした京だったが、なにを思いついたのかニンマリと目を細めて笑む。そして

フォークでケーキを一口サイズに割ると、クリームを少しつけて庵に差し出した。

「・・・・・・・・・」

「せっかくの店からのご厚意なんだし。食べてみろって。しかもこの京サマがこんなマネしてやんの、

今日という日だけだぜ?」

「・・・・・・・・・」

「それにさっきからコッチをチラチラ気にかけてる女のコちゃんズがいるんだ。俺に恥かかせんなよ、庵」

一口サイズのケーキを刺したフォークを庵の前にかざしたまま、にっこりと微笑んでいる京を、じっと眺

めていた庵だったが

「クックッ…。そう見せつけなくてもオレはおまえのものだぞ?」

「な…ッ!」

小さく余裕の笑みを洩らす庵が、やられた! といった色をさっと頬に昇らせた京の、フォークをもった

右手首を掴み、そのまま自分に引き寄せてケーキを口にした。

その瞬間、どこかのテーブルから黄色い悲鳴が短く上がったのだが当然庵は気にもかけず、京は京で、

もうそんなものは耳に入らないようで。

「う、美味い?」

「ああ。この程度の甘さならもう少し食べてもいい」

「それはそうと…もう、この手離してくんない?」

「このシチュエーションで食べさせたかったんだろう? 満足か?」

「うん」

「じゃぁ今度はオレの番だな」

「え? ええ、うそッ」

「こっちを気にかけてるのは女だけじゃないってことさ」

庵が京の背後にスッと視線を投げる。その先にはカウンター。

先ほどのギャルソンが慌てて目を反らして奥に消えた。

「こらこら。なにガンとばしてんの?」

「・・・・・・・・・」

呑気な声に庵の興味は再び京に移る。

「京」

「ん?」

「夜までまだ時間はたっぷりある。次はどこに行く?」

この男にしてはかなり珍しく甘い笑み。ケーキの効果なのだろうか。思わず見惚れる京に、

今度は庵がお返しとばかりにクリーム付きのイチゴを刺したフォークを差し出した。



こうしてこの後、二人はしばし、店の片隅でラブラブぶりを見せるのだった。





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どうでもいいんだろうけど、一応<ピンキーモード・女京・本編>のあらすじ
庵はある日、八神家に代々仕える薬師の八雲(←うちのオリジナルキャラ)からもらった秘薬(←お約束)を、
密かに京に飲ませる。
すると京の体は女性体となり、当の京は大慌て。
そんな京に庵が手をださぬはずがなく、戸惑っていた京も庵の求めに応じ…な、えろラブ話がありました。
そこから比較的安心してサイトに置いておけそうな(笑)ヴァレンタインネタをこの機会にお蔵だししときまっす。