‖ Prayer ‖
今年もまた、地上にはクリスマスシーズンが到来して。
気分を盛り上げようと街なかではどこもそれぞれの趣向を凝らした飾り付けと音楽を、
そして家庭のところどころでは聖夜の訪れを心待ちにしていることを表すかのように
クリスマス用のオブジェが見られるようになっていた。
そんな街の中心からやや外れた場所に立つその教会も例外でなく―――。
十数年来に渡ってこの教会を預かっている神父は、聖堂の木製の扉に赤いポインセチアを
ワンポイントにしたリースを掛けたのを手始めに、正門や教会を取り巻くフェンスといった人目
につく場所にも、赤と緑のリボンや星や天使を象ったオーナメントで飾り付けをしているところであった。
すると
「ゲーニッツ、外の飾り付けはもうちょっと待ったほうがいいんじゃない?テレビで雨が降るかも
しれないって言ってたし。今夜は北風が強くなりそうだから、ほどけたりしないかなぁ」
そこへ白地のダウンジャケットにブルージーンズ姿の少年がやって来て、その手際を
眺めながら控えめな声をかけてきた。
と、「ゲーニッツ」と異国の名で呼ばれた神父は驚くでなく後ろを振り返ると、自分
を見上げている少年を見て流暢な日本語を返す。
「お天気のことなら心配ないよ。クリスマスが終わるまで雨は降らないから」
「・・・・・・」
柔らかな声音。でも言っていることには確信があるようで淀みがない。
それに対して少年は、「あ。ほらまた・・・」とクスリと笑んだ。
先の物事を言い当てるという、ゲーニッツ神父の特技?はこれまでにもしばしばあったことで、
何度目かの時にその確信がいったいどこからくるものなのか聞いてみたことがある。
その時の神父の返事は、ニッコリ・茶目っ気たっぷりの即答で
――天にまします我らの神に、こっそりおしえてもらったのだよ。
というものだった。そして今回も、好奇心からまたなにげに聞いてみた。
「ふぅん。ねぇ、それも神様に聞いた?」
「ん?ハハハ。いいや、これは聞くまでもない。私にだってそれぐらいは分かる。だ
からね、それならもう少しぐらい長く、ここを訪れてくれる人や前を通りがかる人達
の目を楽しませてあげたいと思ってね。もし飾りが汚れたり風に飛ばされてしまった
としてもまた付け直せばいいし、なによりクリスマスはすぐそこだ」
そう言ってゲーニッツ神父は飾りのひとつである金色の鈴を手に取ると、少年の目の前で振って
小さく澄んだ鈴音をたてさせる。
「そっかぁ・・雨は降らないのか。そうだね。それならクリスマスムードいっぱ盛り上げてやらなくっちゃね」
肩先まで伸ばしたクセのない黒髪に縁取られた目鼻立ちの良い少年は、溌剌とした表
情で素直に頷き、自分の頭をそっと撫でて見下ろすゲーニッツに笑顔を向けた。
「でしょう?ところで、まかせた聖堂内の拭き掃除は済んだかい?」
「んん〜。まだ少し残ってるけど、大丈夫!夕方までには終わるよ」
「そう?よろしく頼むよ。でもそろそろこのへんで一休みしようか。昨日神楽さんか
ら頂いたスコーンがまだあることだし」
「あ、そうじゃん。やった!あの人の焼くスコーン、俺大好きなんだ」
「そうだったね。じゃぁ紅茶、アールグレイを入れてあげよう」
子供らしい、屈託のない喜び様を見せる少年に、ゲーニッツ神父は破顔せずにはいられない。
その少年。名を「京」という。
物心つく前からゲーニッツ神父の元で慈しみ育てられている京だが、二人に血の繋が
りはない。それでも互いに抱く愛情と信頼は本物であって、その仲の良さは教会を訪
れる信徒からよく羨ましがられたりするほどだ。
「さてと」
ゲーニッツ神父は余ったリボンや針金を籠に戻すと、京の肩に手を置いた。
「行こうか、京」
「うん」
二人は教会の敷地内にある自分達の住居のほうへと他愛無い会話をしながら歩き出す。
と、京が突然思い出したようにちいさな声を上げた。
「あ! それでさ、今夜からクリスマスの真夜中過ぎまで聖堂、開けるんだよね?」
「ああ、開放するよ」
「だったら!・・・そしたら俺、夜は聖堂で蝋燭の火番するから」
「おやおや。クリスマスの頃の京はなにかとよくお手伝いしてくれますね。何かあるのかな?」
「え」
ニッコリと深い笑みをつくり、自分を覗き込んで聞いてくるゲーニッツ神父の目に京が一瞬慌てる。
「べつに何も・・。で、でもホラ!なんかクリスマスって思うとドキドキするから!」
「・・・・・ドキドキ、ねぇ」
ゲーニッツ神父はフッと冴え渡る冬の青空を仰ぎ見て、京の言葉を反芻した。
実はもう、京が何を思い真冬の、しかも冷え込みのキツイ真夜中の聖堂に居たがるの
か思い当たることがある。
けれども追求してあえてその口から言わせる気などないし、たとえ聞いたとて禁じる
気もない。だから、からかい口調はそのぐらいにして、それとなく話題を変えてみた
りしてやるのだった。
・・・・・・・カ・・・ガ・・・・・・・・タ!
「・・・・・・・!」
京に続いて建物の中へ入ろうとしたゲーニッツ神父は、けれどその時、自分を吹き抜
けていった風の中に囁きを感じて立ち止まり、風を追うように振り返った。
ただの風ではない。風の精霊達が乗った風だ。
精霊達は緊張した様子で口々になにかを囁き交わしていたが、あまりにか細く早かっ
たのでよく聞き取れなかった。でも、‘かの者が来た’、と今言わなかったか?
精霊さえ畏怖したもの・・・・・。
「はてさて、それはもしや?」
「ゲーニッツ、どうかした?」
中から自分を呼びかける京の声に我に返って、ゲーニッツは「なんでもないよ」とあいかわらずの
笑顔に戻ると、扉をくぐった。
聖なる気が地上に満ちて、そこに仮に住まう天の使徒達が本来の力を高めてゆく季節。
京がドキドキするという。
それは予感なのかもしれない。
京がひそやかに願う、ある存在の訪れ。
もしその予感が現実のものとなった時のことを思うと、ゲーニッツ神父の鼓動もまた早まらずにはいられなかった。
* * * * * * *
クリスマスイブ。
天空にはぶ厚い雲がかかって、闇はなお色濃く、冷たい風は落ちている枯れ葉を弄んで
カサカサと乾いた音をたてさせている。
そんな夜更けであるにもかかわらず、祈りを捧げようと此処を訪れる者が迷わぬようにと、
教会の正門から聖堂へ続く小道の脇にはカンテラが一定の間隔で置かれていた。
京は聖堂で礼拝用の燭台に立てた蝋燭のひとつひとつに火を点している。
クリスマスが近づくとそれが京の役目。
その炎ひとつひとつに万人の平安を願い、祈りを込めるのだ。
そして最後にこっそり、己自身の願いを強く深く。
さ迷える黒き片翼の神よ、願わくばどうぞ此処へ、我が元に・・・、と。
それは口にしてはならない秘密の祈り、秘密の思い。
だが時を重ねるほどに、その黒き翼の神への思いは馳せて焦がれる。
会いたい。あとどれだけ思えば願いは叶うだろう?
・・・・・・・・・・ギィィ。
もの思いに耽る京の後方で、扉が小さな音をたててそっと開かれる気配がした。
忍び入る冷たい風が蝋燭の炎を揺らし、京の肌身を粟立たせる。が、京は負けじと背筋を
伸ばして自身に喝を入れると、愛想のいい笑顔を浮かべながら後ろを向いた。
凍えているだろう訪問者を温かく迎え入れるために。
「メリークリスマス。寒い中をようこそ」
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